71.相談(72/151)
「前は私がイオンのお見舞いに行っただけでも、すごく機嫌を悪くしてたのに」 「……してないよ。言いがかりはやめてくれない?」 「してたよ」
先ほどまではあんなに歯切れが悪かったのに、こういうときだけはすっぱり言い切るのだから憎らしい。実際、思い当たる部分のあるシンクはそれ以上食い下がることもできず、話題を変えるように無理に会話を奪った。
「だいたい、『友達』だなんてフィーネが言うほど大袈裟なものじゃないだろ。社交的な人間からすれば、ただの大勢のうちの一人って意味だ」 「それはそうかもしれないけど、でも私にとっては……」 「じゃあ聞くけど、フィーネは七番目の前でも仮面を外すワケ?」 「……」
自分から聞いたくせに、シンクは答えを聞くのが怖いような気がした。それでもすぐに彼女が首を横に振ったから、何でもないことのように鼻で笑う。 「ほらね、結局『友達』なんてその程度なんだよ」
シンクと間を置かずに造られた七番目は、被験者みたいに昔からフィーネのことを知っているわけではない。いつから親交があったのかはわからないが、一緒に住んでいたシンクのほうが絶対に過ごした時間は長く、それだけ彼女のこともたくさん知っている。フィーネのことに関してだけは、シンクは自信を持って七番目に勝っている確信があった。
「どうせ七番目には、生まれのことも言ってないんでしょ? あれは預言のしもべになるように、ご丁寧にヴァンとモースが教育したからね。どう転んだってボクたちとは相容れないよ」
それでも、どこか釘を刺すような言い方になってしまったのは、まだほんの少し恐れがあるからかもしれない。フィーネは一瞬、シンクの言葉に複雑そうな表情になったけれど、反論してはこなかった。やはり彼女も預言が関わると、そうそう楽観的な考え方はしていないようだった。
「えっと、もうひとつ言ってた相談っていうのは、まさにその件なんだけど……」 「出自の件? 預言の話?」 「どっちも。その……シンクに意見を聞きたかったんだけど、なんで私には預言が無いんだと思う?」 「は?」
フィーネのことはよく知っているし、彼女の素っ頓狂な発言にも大概慣れた自信があるが、シンクは今本当に心の底からその一音だけを発した。
(それ相談ってレベルの内容か? しかも、なんでボクに聞く?)
つっこみどころが多すぎて、どこから手をつけたらいいのかわからない。なのにフィーネは冗談を言っている風でもなかったから、シンクは呆れるしかなかった。
「あのさ……言っておくけど、なんでもかんでもボクが知ってると思うなよ」 「それはわかってるよ。だから、質問じゃなくて相談なの」 「フィーネ自身のことだろ。こっちが聞きたいくらいだよ。十二年も生きてきて、仮説のひとつも考えてないの?」 「無い。考えないようにしてたから」
少しも悪びれる様子もなく、フィーネは言い切った。なんなら自分の異常さに疑問を持ったことすら、つい最近みたいな口ぶりだった。
「でも、改めて考えてみてもわからないし、相談しようにもこんな話できるのシンクしかいないし……」 「……」 「イオン様にも預言の歴史みたいな本を借りたんだけど、私みたいな人がいたっていう話も特に出てこなくて」 「だろうね。もしそんな奴がいたとしても、アンタと同じように黙ってただろうさ」 あるいはそれこそ、生まれたときに殺されて、闇に葬られたか。 幸いにも、シンクが言葉にしなかった部分にフィーネは気づかなかったようで、そうだよね、とどこか他人事のように頷いている。
「しかも預言って未来のことを言い当ててるんじゃなくて、どうも既に起こった星の記憶らしいし、そのあたりもよくわからなくって」 「まずそこからなのか……。それでよく今まで生きてこれたな」 「うん、私には関係なかったから」 「だとしてもだよ」
本人がこの感じならば、預言が無いというフィーネの申告も非常に怪しいものである。実際に教団へ捨てられている以上、生まれやここに至る経緯は本当だとしても、預言が無いなんてのはたまたま最初に読んでもらった預言士の能力に問題があっただけなのではないだろうか。 シンクが当然のようにまずそこを突くと、フィーネはうーんと唸った。
「確かに、遠い昔に一度確認しただけってのはそう。でも他の子は同じ人に読んでもらっていたから、預言士のせいではないとは思ってる」 「そいつはなんて言ってたの?」 「その人も、読めないのは初めてだって。孤児院にいたとき集団で読んでもらったんだけど、私がなかなか決心がつかなくて順番的に最後だったから、きっと力を使いすぎたせいだろうって話になったの。そのあとは私のほうが色々理由つけて逃げ回ってたから、原因に関してはうやむやになってる」 「そ。じゃあ案外、ただのフィーネの勘違いってオチかもね」 「もう、私は真剣なのに。まあ今更ではあるんだけど……」
自分が長らく問題を放置してきた自覚はあるらしく、フィーネは少しだけ気まずそうな顔をしたが、それでもこの『相談』に関しては『相談したこと』自体にかなり満足しているらしい。早急の解決や解明を望んでいるわけでもないようで、もし何か思いつくことがあったら教えて、なんて軽い調子で口にする。
「あとは、勇気はいるけど……一応ディスト様にも聞いてみようかな」 「なんでそこでディストが出てくるんだよ」
こんな話はシンクにしかできない、と言った舌の根も乾かないうちにもうそれだ。彼女が自身をレプリカかもしれないと疑ってのことなら理解できる人選だが、それなら性別違いの双子という点で辻褄が合わないため違うと思う。 シンクが少しムッとするとフィーネはまた勘違いをしたらしく、本当にディスト様のこと嫌いだね……と半ば呆れたような声を出した。
「ディスト様に聞くのは、彼が私の実家と関わりがあったそうだからだよ。私もこの間知って驚いたばかりなんだけど……生まれた私を教団に預けるようにアドバイスしたのは、ディスト様なんだって」 「……それ、本当?」 「たぶん。こんな嘘つく必要ないだろうし」 「……」
好き嫌いを差し置いたとしても、あの男が関わってるとなると一気にきな臭くなってくる。 シンクはしばし考え込んだが、やはりすぐ結論が出せるようなものではなく、かなり渋々彼女の思い付きに賛同した。 「……わかった。ただし、フィーネのほうで何かわかったら絶対にボクに報告すること」 「うん。それはもちろん」 「たとえ結末がフィーネのくだらない勘違いでした、ってオチでもね。別にフィーネに預言があってもなくても、それで今更アンタのことどうこう思いやしないよ」 「……」
また嫌われたくないとか、妙な理由で隠し事をされてはたまらないから。 そう思って先にシンクが断っておくと、フィーネはちょっと間の抜けた表情になって、それから不意にぱっと顔を手で覆った。
「っ、なんだよ……」 「なんでもない。ただ……嬉しかっただけ」 「それがなんで顔を隠すことに繋がるんだよ」 「だって、にやけて変な顔になりそうだったから……。仮面、つけていい?」 「……」
いつもは日陰者の象徴でしかない仮面が、こういうときに役立つことはシンクも身をもって知っている。けれどもシンクは彼女よりも早く机の脇に置かれた仮面に手を伸ばすと、さっとそれを取り上げてしまった。
「ダメだね」 「えっ、ちょっと!」
せっかく珍しく彼女が照れているようなのに、この特権をみすみす手放す馬鹿がどこにいるだろうか。驚いた声をあげる彼女を無視して、シンクはフィーネの仮面を手の中で弄ぶ。たまには動揺させられる側の気持ちも味わえばいいと思ったけれど、流石にそれは言わないでおいたのだった。
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mokuji
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