07.上からの部下(8/151)
六番目のシンクの、さらに後に造られた七番目。どうやら彼が次の“導師イオン”となるらしい。 フィーネは七番目のイオンとはきちんと顔を合わせたことがなかったが、ヴァンもモースも今は彼の教育に忙しい様子。シンクは最初の三日間だけヴァンの元で過ごし、あとはフィーネに面倒を見てもらえという話になったとのことだった。フィーネも火山に駆け付けたくらいなので、彼の世話を任されること自体に不満はなかったが、実際に接していくとなるとまだ戸惑いがある。 いくら別の人間だとはわかっていても、幼馴染と全く同じ顔をした少年との接し方がわからなかった。
「えーと、ローレライ教団はここダアトを総本山とした宗教組織で、現在はキムラスカやマルクトのどちらにも属していない自治区です。自治をするということは当然、自分たちの身は自分で守る必要があるので、神託の盾騎士団という独自の軍隊を持ちます。その構成は第一から第六までの師団と、特務師団、それから他には導師の近衛である導師守護役や、大詠師直属の情報部隊もあります」 「知ってるよ。でもって、アンタは第六の副師団長なんでしょ」
まずは基本的な知識から、ということで図書館から借りてきた本を用いて一般常識やこのローレライ教団のことを教えようと思ったのだが、一歩進んだシンクの返しに、フィーネは本から顔を上げる。
「あれ? 私、言ったっけ」 「ヴァンから聞いた。お前にはいずれ神託の盾騎士団で働いてもらうから、アンタに戦い方を教えてもらえって」 「そうなんだ」
シンクは最初にフィーネが抱いた印象ほど、ぼんやりとした少年ではなかった。呑み込みが早く、利発で、日常のことならもうほとんど問題なく生活できるようになっている。生まれたてと言っても赤ん坊のような状態ではなく、刷り込みである程度のことは初めからできるらしい。フィーネもヴァンからは彼に格闘術や譜術を教え込ませろと言われていた。こちらとしても戦いくらいしか得意なものはないので、適任と言えば適任なのだろう。
「基本の身体づくりをしたら、また総長から正式に配属先が通達されると思う。たぶん、私と同じ第六になるのかな……それまでは非公式な存在だから、悪いけど部屋は私と一緒で我慢してほしい」 「ハッ、たとえ配属先が決まっても、ボクが非公式なのはずっとでしょ」 「あ、いや……非公式って言ったのは騎士団に関係者以外を置いてるのがバレるとまずいって意味で……」
生物フォミクリーという技術は、姿かたちだけでなく性格までもそっくりに写し取ってしまうものなのだろうか。動揺したフィーネは自分の失言を謝るべきかしばし逡巡し、結局何も言えずに黙り込む。 言葉を覚えたシンクは、いつの間にかイオンそっくりの皮肉屋になっていた。ただ、イオンの皮肉は受け流せても、シンクに対しては引け目があるからそうはいかない。 シンクは言葉を続けられないでいるフィーネを見て、呆れたようにため息をついた。
「はいはい、わかってるよ。部屋だって、一般兵として狭い部屋に何人も詰め込まれるより、副師団長サマの広い部屋で二人のほうがマシってもんさ」 「そう……。それならよかった」
副師団長と言っても、そこまで広い部屋が与えられているわけではないが、フィーネは元々持ち物が少ないたちなのでもう一人くらいならさほど手狭に感じることもないだろう。ソファーは背を倒せばベッドにもなる代物だった。その昔、あまりに部屋が殺風景で、訪ねて行っても座るところがないと文句を言ったイオンのために搬入したのだ。 だから今、そこにシンクが座っていると、フィーネはなんとも言えない気持ちになる。イオンとシンクを重ねて見てしまうのは、とてもいけないことなのに。 「……アンタこそ、嫌じゃないわけ?」 「え?」 「だって、そうでしょ。いきなりボクみたいなの押し付けられてさ、いい迷惑じゃない」 「そんなことはないよ」
押し付けられたとは思っていない。甲斐甲斐しく人の世話を焼く自信はないが、部下を指導する立場という意味ならある程度は慣れている。 フィーネはちゃんと迷惑ではないと告げたけれど、シンクは眉間に皺を寄せ、鼻を鳴らした。
「フン、どうだか。ま、どのみちヴァンの命令には逆らえないんだし、嫌ならさっさとボクのこと鍛えて追い出すんだね。せいぜい頑張れば」 「う、うん」
教えを乞う立場はシンクのほうなのに、なぜかフィーネが発破をかけられている。なんだかおかしいな、と思いつつも、フィーネは彼の言う通り、座学は後回しにすることにした。図書館で借りてきた本はシンクが一人で読んだ方が効率がいいような気がするし、そもそも彼はフィーネに戦い方を学びに来たのだ。読み聞かせをしようとしたのは子供扱いしすぎて失礼だったかもしれない。
「じゃあ、早速出かけようか」 「は?」 「訓練場は人目に付くから、少しダアトの外に出ないといけないけど。あ、そうそう、一応顔も隠さないといけないから、私の仮面のスペア貸してあげる」
シンクには少し小さいかもしれないが、その場しのぎとしては十分だろう。ガサゴソと机の引き出しを漁ってフィーネの着けているのと同じ目元を覆う黒い仮面を差し出すと、彼は無言でこちらを見つめる。
「えっと、気に入らなかった?」 「……いや、どうでもいいね。こんなダサいの、いくつも持ってたことに驚いただけだよ」 「ダ、ダサい……」
普段から仮面をつけるのは変だとしても、仮面自体のデザインは変だとは思っていなかった。フィーネが密かにショックを受けていることも知らず、シンクはそれを顔につけ視界を確かめている。
「ほら、行くんじゃないの? さっさとしてよ」 「は、はい」
おかしい。既に立場が逆転している気がする。 とっくに廊下に出たシンクに急かされ、フィーネは慌ててそのあとを追ったのだった。
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mokuji
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