06.足りない足りない(7/151)
呼吸がしにくいほどの熱気を感じながら、フィーネは懸命に火口へと続く道を走っていた。間に合うだろうか。とりあえず嫌な想像を振り払うように、懸命に足を動かすしかない。
イオンから計画のことは聞いた。その衝撃で、廃棄されると聞いていたのに、彼らのことまでなかなか頭が回らなかった。しかもまさかこんな残酷な方法だとは思いもしない。こうして走っているだけでも逃げ出したいほど暑いのに、溶岩の中へ放り込まれたらと想像すると気が狂いそうだ。
しかし、必死になってたどり着いた火口には誰の影もなかった。彼らを捨てて下って来る人間ともすれ違わなかったし、遅かったと言わざるを得ないだろう。フィーネは息を切らして、その場に立ちすくんだ。間に合わなかった。汗か涙かよくわからないものが頬を伝っていく。それでもフィーネは諦めきれずに四つん這いになって、火口の淵を覗き込んだ。恐ろしいまでの熱気が身体を包んだが、ここに落とされた彼らのことを思えばこのくらいなんだというのだろう。
「これが預言の恐ろしさ……全部預言のためにこんなこと……」
馬鹿らしい。本当に、馬鹿だ。フィーネは初めて心の底から預言を恨んだ。イオンが死ぬのも、レプリカが生まれ、死んでいったのも預言のせいだ。いや、預言を信じすぎる人間が間違っているのか。でも今更もう引き返せない。死んだ彼らの為にも計画を止めることなんてできないと思ってしまった。復讐だろうが、改革だろうが知ったことではないが、フィーネはイオンの最期の頼みを聞こうと思った。 ふと、フィーネの視界の中で何かが動く。
「っ……! もしかして、いるの?」
一瞬で岩場に隠れたそれは、ちらりと見えただけだったが確かに深緑色。生き残りがいたのか。
「待って、今助ける!」
フィーネは慌てて叫んだが、さてどうすればいいのだろう。何も考えずに走ってきただけのフィーネはロープなんて都合のいいものは持っていない。馬鹿だ、といつもイオンに言われるが本当に馬鹿だ。とりあえずギリギリまで身を乗り出して、手を伸ばした。掴まれる範囲ならばよいのだけれど。
「大丈夫よ、出て来て」
声をかけても返事はなかった。そういえば、彼らは言葉が通じるのだろうか。フィーネが不安になったとき、素早いものがフィーネのすぐ横を跳ねていった。それは見事な跳躍で、フィーネの手を全く借りずに、彼は上の道へと着地した。
「な……」 「数値では見ていたが、見事な跳躍だな」
フィーネが呆気に取られていると、不意に後ろから声がした。振り返ればそこにいたのはヴァン主席総長で、どうやら彼も廃棄されたレプリカを救いに来たらしい。フィーネとは違い用意周到な彼は、裸のレプリカにさっとローブを被せた。
「総長……」 「フィーネ奏手。導師から伺ったが、今一度計画に参加する気があるのかどうか尋ねたい」 「……」
今フィーネの真後ろには真っ赤な溶岩が口を開けて待ち構えている。ここで否と言えば、きっと口封じに突き落とされるのだろう。たとえイオンと懇意にしていても、邪魔をすれば容赦なく消される。ヴァンの瞳にはそういう真剣さと恐ろしさがあった。
「私は……イオンに頼まれました。彼の最期の頼みを聞いてあげたいです」 「そうか、それはよかった。元々、君を勧誘するかどうかの話は上がっててな。君も預言には人生を狂わされただろう」 「……ええ、そうですね」
フィーネは口の中がカラカラに乾くのを感じながら、なんとか答えた。正直、狂わされたと思うほど実家に執着はない。だが仮面をつけている以上、他人から見れば消したい過去だと思われているのだろう。今は誤解された方が好都合だ。話を逸らすように、フィーネはレプリカの少年を見つめる。
「総長、その子は、」 「君も見ていただろうが、おそらく六体目のレプリカだな。第七音素の素養は低かったが、身体能力が飛びぬけて高い。鍛えれば使い物になるだろう」
ヴァンの言い方はあくまで物を品定めするようで、フィーネは胃の中がむかむかとした。だが今は総長に立てつくよりも、少年の様子のほうが気になった。恐る恐る近づいて、話しかけてみる。こうして近くで見れば、本当にイオンそっくりだった。
「大丈夫? 怪我はない?」 「……『残念だった』」 「え?」 「『残念だった、シンクロレベルが問題だったな』」
彼は呪文のように感情の沸かない声でそう言ってヴァンの方を見た。フィーネは意味が分からず首を傾げたが、ヴァンはやがておかしそうに笑う。
「くっ、そうか。覚えていたんだな」
少年はまた「『シンクロレベルが』」と繰り返した。
「私の名前はヴァンだ。そしてこっちがフィーネ。わかるか?」 「……ヴァン、フィーネ……」
どうやら覚えは早いらしく、少年は順に名前を繰り返した。それからまた「『シンクロレベルが』」と壊れたラジオのように言った。
「そうだな、ああ。お前の名前はシンクにしよう」 「シンク……」 「そうだ、シンクだ」
ヴァンが名づけると、彼はもうその言葉を繰り返さなくなった。代わりにこちらを見て、「大丈夫? 怪我はない?」と先ほどフィーネが言ったばかりの言葉をまねた。
「え、ええ……ありがとう」
きっと彼は意味もわからずそう言っただけなのだろう。だがそれでもフィーネは罪悪感を拭いきれず、頬が引きつるのを感じた。 フィーネには彼に心配してもらえる価値はない。だって、あとのレプリカたちは助けることができなかったのだから。
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mokuji
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