48.真っ赤な噂(49/151)
第五師団の師団長、アッラルガンドは神託の盾騎士団内でも規律にうるさく、堅物で、筋の通らないことを嫌う熱血漢として大変有名な人物であった。預言に対する考え方としては中道右派といったところだが、預言自体を信奉しているというよりは、ローレライ教団という組織の騎士として忠実であることを重視しているらしい。 そんなアッラルガンドの絵にかいたような真面目さは、騎士団員のみにとどまらず教団の聖職者たちからも厚い人望を集めており、規模の割には強い発言力を持っていた。また、彼の性格は第五師団の気風にも色濃く反映されており、団結力や士気が高いことでも有名だ。
だからこそ今回の副師団長の不祥事は、最初誰もがまさかと耳を疑った。フィーネ自身も初めて聞いたときは、いくらなんでも性質の悪い冗談だろうと思ったくらいだ。第五の副師団長についてはよく知っているけれど、もう十年以上はアッラルガンドの右腕として彼を支えてきた男であり、その人柄においても信頼されていた人物だった。
そんな彼が一体、何をしたというのか。 彼が問われた罪は預言に関する機密文書の漏洩、そして収賄とのことだった。実際、収賄については常習性があったわけでもないらしく、査問会で議論の中心となり、いたく問題視されたのは当然ながら前者の罪のほう。 けれどもいざ査問会が開かれるとなると、届いた嘆願書の数や、徹底的な調査を望む声は非常に多かったらしい。
――まったく、どうなっておるのかの……。私も未だに半信半疑なのだが、本人自身が認めておるのだ
フィーネもまた、徹底的な調査を求めて詠師トリトハイムに嘆願をしたうちの一人だった。査問会は下部組織の騎士団ではなく、本体のローレライ教団のほうで開かれる。実を言えばヴァン総長もアッシュ師団長も教団の階位としては詠師職のため、身近な彼らに頼むほうが自然だったのかもしれない。が、預言関連というきな臭さに嫌な予感を拭いきれず、フィーネは教団にしか籍を置かない詠師トリトハイムを頼ったのだ。
――彼は温厚な男だったと記憶しているが、まるで人が変わったようなのだ。私は彼とアッラルガンドとの面会にも立ち会ったのだが、あれではアッラルガンドも庇いきれぬだろうな……。
何を聞いてもひたすら預言に対する呪詛を吐くばかり。それどころか彼は長年の上司を裏切って、アッラルガンドの関与を匂わせる供述すらしたのだという。 もっとも、流石にそれについては何の証拠もなく、ただの妄言として扱われた。しかしこの告発はアッラルガンドが潔白を証明するために自分の調査をさせたことで公になり、騎士団内に嫌なしこりを残したのは間違いないだろう。信頼を積み上げるのには果てしなく長い時間がかかるが、壊れてしまうのは一瞬だ。副師団長のあまりの変節ぶりが、疑惑に説得力を持たせたというのもある。
結局、第五の副師団長はそのまま除籍処分となり、アッラルガンドは後任の人事について、一切口を挟むことはなかったそうだ。
それが、今から約三週間ほど前の顛末。 突然、ぽっかりと空くことになった第五師団の副師団長職に、次は誰が着くのか関心を向けない者はいなかった。何しろ空いた経緯が経緯だ。次のそのポストには否が応でも第五の組織風土を監査する役割が求められるため、内部の人間がそのまま昇進することはまずない。 しかしながら、それではと他の師団から候補を探すにも、適任となるような人物はおいそれとは見つからなかった。
元々、神託の盾騎士団は慢性的な人手不足だ。ローレライ教団は信者からの寄付金を主な財源としており、騎士団員の生活費もそこから支給されるものの、かなりの信仰心を持つ者か、フィーネのような孤児出身、戦争で行き場を失くした者、あるいは他では働けない事情を持つ者でなければ、はっきり言って自ら飛び込むのは躊躇される待遇である。加えてどこの師団長も、普通は優秀な人材を外に出したがらない。以前にフィーネが特務に移ったことや、アリエッタが導師守護役から第三師団長に就任したことはかなり特殊なケースで、それもこれも副師団長補佐という新しい職位の設立や、前任の第三師団長がかなり高齢だったこと、第三を魔物を擁する部隊として再編するなどの建前があったからこそであった。
(シンクは目立っちゃいけないはずなのに、総長は一体何を考えているの……?)
着任日当日の朝から、フィーネは自分の時以上にはらはらと落ち着かない気分だった。色々準備があるとかで早めに部屋を出て行ったシンクには、実はあれから会えていない。わざわざ第五の区画まで訪ねて行ったのに彼はまだ移り住んでおらず、みなシンクについてはその名と経歴しか知らないようだった。 経歴と言っても当然、全部真っ赤な嘘である。
「第五の後任、マルクト帝国軍の秘密部隊に在籍してたってホントか? そんなの聞いたこともねぇぞ」 「まぁそりゃ……秘密部隊なんだから、俺らが聞いたことなくて当然なんじゃないか? 去年、ピオニー九世陛下が即位なされた際に、陛下の意思で解体されることになったんだとよ」
朝食のために向かった食堂でシンクの姿を探したが、流石にそううまくは出会えないようだった。代わりにあちこちのテーブルから、シンクについての噂話が漏れ聞こえてくる。
「へぇ。でもそれにしたって若すぎないか? 十代前半だって話だぞ」 「だから、あまりに非人道的だって解体されることになったんだろ。今の陛下はかなり穏健派だからな」 「それって、つまり……」
戦争のために、人殺しのために育てられた子供の部隊。 そんなことを考えたのか、近くの席についていた兵士たちはまるで他人事のように嫌悪感を浮かべた。フィーネからしてみれば神託の盾騎士団もそう大差ないものだと思うが、預言信者にとって騎士団の戦いはいわゆる聖戦というやつらしい。子供の身で教団のために働くのは可哀想なことではなく、むしろユリアに愛され、才を与えられている者だというわけだ。
(私もアリエッタもイオンも……別に愛されてるとは思えなかったけど)
フィーネはほとんど味のわからないままとりあえずお腹に物をいれて、足早に席を立つ。 そして今ここにシンクがいてくれたらきっと痛烈な皮肉が聞けただろうにと、どこか物足りない気持ちになったのだった。
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mokuji
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