アンチ・アンチナタリズム
- ナノ -


47.呆気なく、素っ気なく(48/151)

 公示を知ってフィーネが急いで部屋に戻ると、既にシンクは荷物をまとめ始めていた。といっても、そもそも彼の持ち物は少ない。最低限の衣類や衛生用品をまとめてしまえば、あっという間に終了してしまうだろう。

「シンク、なんで言ってくれなかったの?」

 シンクの様子から当然彼は先に知っていたのだろうと判断して、フィーネはほんの少し責めるような口調になった。別に怒りを感じていたわけではない。ただ突然のことに驚いたのと、彼の水臭さにがっかりしてしまっただけだ。
 一方シンクはというと、そんなフィーネの反応を予想していたとでも言うように、酷く落ち着いた態度だった。

「言わないのは普通でしょ。内示の時点で、べらべら話すアンタのほうが変なんだよ」
「だけど私はシンクの上官で……」
「それはアンタが言ってるだけで、正式にはそうじゃなかったってことだ。もしそうならボクに内示がくだる前に、アンタのとこにヴァンから話が行くはずだろ」
「……」

 確かに、話を通されてないことについては、シンクよりも総長に言うべき文句なのかもしれない。それでも納得がいかないものは納得がいかなかった。しかもシンクの配属先は、特務師団ですらなかったのだ。

「だいたい、総長はなんでシンクを第五になんか……」
「アンタも、自分とは別の師団にしろってヴァンに言ったんじゃなかった?」
「え? 何の話?」

 そんなの、ちっとも心当たりがない。フィーネが首を傾げると、シンクは呆れたようにため息をついた。

「配属先に嫌いな人間がいるのは、健全じゃないって話」

 そういえば、前に大嫌いだと言われたときにそんな会話をしたような気がする。だけどあれはほとんど売り言葉に買い言葉といった具合で、フィーネは実際に総長までは話をあげていなかった。今回の人事については、本当にフィーネは何も関わっていない。

「私、総長に言ってないよ。今の今まで忘れてたし」
「あっそ」
「それに嫌いな人間って……シンクは私のこと好きになってくれたんじゃないの?」

 最初の、敵意すら向けられていた頃に比べたら、だいぶ仲良くなれたと思っている。フィーネが歓迎会に気兼ねなく行けるように振舞ってくれたのも、プライドだけではなく純粋な好意だと受け取っていた。
 しかしシンクはそれを聞くと、飛び上がらんばかりの勢いではぁ!? と大きな声を出した。

「誰もそこまでは言ってない! 話を盛らないでくれる? 大嫌いを訂正しただけだよ!」
「だから、嫌いじゃないなら好きってことじゃないの?」
「……」
「え、もしかして大嫌いから嫌いに格上げされただけだった?」
「……もういい。アンタと話してたら頭が痛くなる」
 
 こっちは全然、もうよくなんてないのだけれど。一人で勝手に仲良くなれたと浮かれていたのだとしたら、とても恥ずかしいし情けない。
 とはいえ、人の気持ちは食い下がっても変えられるわけではないし、シンクももうこれ以上好き嫌いの話題を続ける気がないようだった。

「どのみち、今回の人事にこっちの希望なんて関係ないんだよ。ボクが第五に配属になったのは、各師団を計画の賛同者で固めたいってただそれだけ」
「でも……それって結構、果てしない道のりじゃない?」

 世の中の大半の人は預言スコアを信奉しているのだ。その辺の人たちの中から反預言アンチスコア主義の者を探すだけでも一苦労だろうに、預言スコア信仰の総本山たるローレライ教団で同志を見つけるのはさらに大変なのではないだろうか。
 遠征させて第六の脅威は去ったとしても、進捗としてはリグレットがまとめる第四師団、それからアッシュとフィーネのいる特務師団が条件を満たした程度に違いない。
 フィーネがそんなことを考えていると、シンクは怪訝そうな表情を浮かべた。

「……何言ってるのさ。まさか知らないわけ? むしろあと残っているのは第五くらいだよ」
「え!?」

 それでは、第一師団のラルゴ謡士に、第二師団のディスト響士もこちらの味方ということになる。ただ、フィーネがそれ以上に信じられなかったのは、近く編成が変わったばかりの第三師団だ。

「待って、じゃあアリエッタも? アリエッタもこの計画の賛同者なの!?」
「……ホント、なんで知らないんだよ。魔物使いだって、動機で言えば十分だろ」
「でもあの子はイオンの運命を知らないはずじゃ……」
「具体的には知らなくても、大事な大事な導師サマが、預言スコアに縛られた人生だってことは知ってる。そこはヴァンがうまく説明したんでしょ。より大事な計画の為に、導師守護役フォンマスターガーディアンから外したって口実にもなるしね」

 フィーネは幼馴染みの少女のことを考えて、彼女であればイオンの為になんでもするだろうなと思った。だが同じ協力するのでも、アリエッタの場合は献身先のイオンがいなくなることを知らない。フィーネが覚悟を決めて計画に賛同するのとでは、まったく事情が違うような気がした。

「でもやっぱりそれって、騙してるようなものじゃ……?」
「フン、騙してるって言うなら、アンタだって同罪でしょ。逆にこれだけ何も知らないと、自分もいいように騙されてる側なのかもしれないって思わないわけ?」
「……。シンクと話してると、頭が痛くなる」

 どれも全部、頭どころか耳の痛い話だ。フィーネはせめてもの抵抗のつもりで、彼の言葉の真似をする。
 だが、シンクは特に気分を害した風でもなく、まとめていた荷物を持ち上げた。

「それじゃ、ボクがいなくなってせいせいするだろうね」

 そう言った彼は、そこでずっと貸していたスペアの仮面をフィーネに向かって差し出した。流れで思わず受け取ってしまったものの、仮面を返してシンクはこの先どうするつもりなのだろう。
 そんなフィーネの胸の内の疑問に答えるように、彼はわずかばかりの荷物の中から、新しい仮面を取り出して着けた。

「今まで指導係ゴクロウサマ」
「!」
 
 あまりに見慣れない姿にびっくりしていると、その隙にシンクは部屋を出ていく。別に感謝されたいとは思っていなかったけれど、随分と素っ気ない別れの言葉に開いた口が塞がらなかった。

「そりゃ、これからも同じ教団内にはいて、顔を合わせる機会もあるだろうけど……」

 一人取り残されたフィーネは部屋を見渡して、こんなに広かっただろうかとぼんやり考えていた。


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