04.運命の奔流(5/151)
「ようやく来てくれたんだ? さっすが『友達』だね」
イオンはフィーネが望んだ通り、開口一番いつもの皮肉を浴びせてきた。外に漏れ聞こえないよう小声で話しているが、その言葉の辛辣さは衰えてはいない。そのことにみっともなくホッとしてしまい、フィーネは思わず口元を手で覆った。
「ごめん……」 「いいよ、フィーネがそういう奴だってのは知ってたからね。むしろ、予想より早かったくらいさ」
そう言われると返す言葉もない。フィーネは彼の顔色をよく見ようと思い、仮面を外した。
「……誰にも会わないって、そんなに体調が悪いの?」 「どうだろうね」
見たところ、確かに前に会った時より痩せている気がするが、それにしても急な話だ。導師になってからは大人しくしていることが多かったが、昔の彼は譜術に負けないくらい体術の才能もあって、決して病弱というタイプではなかった。医者でもないフィーネには会っただけでは彼の身に何が起こったのか、さっぱり見当もつかない。
「いい加減、良い導師でいるのが嫌になってさぼっているだけかもしれないよ」 「ここまで来たんだ、誤魔化さないで」 「ここまでって、僕の部屋ってそんなに来るの大変なワケ? ふーん、道理で全然来ないわけだ」 「……イオンが私に怒るのは仕方ないと思う。でも、アリエッタが心配してるの。お願い」 「……」
薄情な自分を自覚したばかりだ。イオンの言葉はグサグサと刺さるものであったが、アリエッタの名前を出すと、途端にイオンの勢いは失せる。彼自身にもアリエッタを悲しませている自覚はあるようだった。
「私がダメでも、せめてアリエッタには頼ってあげて。あの子は本気でイオンのこと、」 「そんなことわかってる。だから会うわけにはいかないんだ」 「……どういうこと?」
一体イオンは何を隠しているのだろう。ここまで頑なに隠すなんて、教団の秘密に関わること――例えば秘預言や惑星預言を何度も詠まされたりしているのだろうか。導師の力を使うのはかなりエネルギーが要ることだし、それなら使いすぎて体調を崩しても納得がいく。 しかし、話すのを躊躇っていたイオンは、やがてフィーネの想像もしなかったことを告げた。
「まぁ、フィーネには話してもいいかな。薄情者は後追いなんてしないだろ」 「後追い?」 「……僕はね、あと一年もしないうちに死ぬんだ。預言にそう出た」 「は?」
イオンが、死ぬ?
フィーネはぽかん、と口を開けて、彼をまじまじと見た。頭の中で今聞いた言葉を反芻してみるが、それはただの文字の羅列でしかなく、理解できない。
「……死ぬ? イオンが?」 馬鹿みたいにもう一度繰り返したが駄目だった。ただ、預言という単語だけが恐ろしい現実味を持って耳に残った。
「どういうこと……」 「だから、預言に出てるんだよ。もっともこれは秘預言だけど」 「じゃ、じゃあ……」 「そう、僕は死ぬんだ、絶対にね。何度も言わせないでよ」
イオンは呆れたように、小さく溜息をついた。だが、その表情は強張っていて、やはり無理しているのだとわかる。フィーネは何と言っていいかわからず、彼を見つめるだけで精いっぱいだった。慰めるにも励ますにも、預言を覆すことはできないのだと、痛いほどわかっていたからだ。いくら普段は聞き流していると言っても、友人の生死にかかわるようなものを無視することはできなかった。
「ほんと、馬鹿げてるよね。この年で、余生の過ごし方を考えなきゃならないなんて」 「……アリエッタには、」 「言わないよ。だって、彼女は僕が死ぬことも、死んだことも知らないままになる」 「どういうこと? 行方不明にでもなるつもり?」 「違うよ。『導師イオン』は死なない。僕が死んでも大丈夫なように、『イオン』は今作ってるところなんだ」 「……意味が分からない」 「だろうね。フィーネは馬鹿だし」
イオンはそう言って鼻で笑った。そのくせ不意に真剣な表情になると、頼みたいことがあるんだ、と言った。
「その前に説明が欲しい」 「百聞は一見に如かずって言うだろ。明後日、もう一度ここに来てよ。そうすればだいたいのことはわかるから」 「……わかった」 「アリエッタに余計なこと言ったら、たとえフィーネでも殺すからね」 「……それもわかった」
フィーネは渋々頷いて、それから仮面を元のようにつけた。戻ればきっとアリエッタにはイオンの様子を聞かれるだろう。嘘をつくのが得意ではないので、この仮面があって良かったと思う。
部屋を出たフィーネの足取りは、来た時よりも軽かった。ただ、それは心が弾んでいるからではなく、ただ現実を受け止めきれていない証拠。床を踏んでも、しっかりとそこに立てている実感がちっとも沸かなかった。
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mokuji
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