25.安らぐ炎(26/151)
自分で言っていただけあって、フィーネは火起こしについてもかなり手際よく終わらせた。彼女が前に居た第六は元々遠征なども多かったようだし、伊達に何年も職業軍人としての生活をしていないということだろう。ただ、その次に袋から色々な食材を取り出した彼女を見て、シンクは少し不安になった。
野菜系はポテト、ニンジン、タマネギ、キノコ、さらに果物のリンゴ。肉はポークが用意されていて、他にも畜産物はミルクとタマゴがある。それから謎にトウフとウオントの切り身。とにかくたくさんあるのでなんでも作れそうに見えるし、逆に種類が多すぎて何ができるかわからない感じもする。
「アンタって料理できるの?」 「できるよ」 「……一応聞くけど、何を作ろうとしてるわけ?」 「シチューだよ」
確かに彼女は、シチューを作るのに適していそうな大きい深鍋もちゃんと持ってきている。だが、シチューを作るにしてはなんだか余計な食材が多いし、そもそも二人しかいないのに鍋のサイズがおかしかった。 教団にいたときはフィーネもシンクもずっと食堂のご飯を食べていたので、彼女が何かを作っているのをこれまでシンクは見たことがない。おまけに、直近、部屋に料理の本が置かれてるのをシンクは片付けの際に目撃していた。頼んだ覚えのない図書室からの借り物に妙だなとは思ってたが、要するに彼女もシンクとなんら変わらない、知識だけの状態なのではないのだろうか。
「シチューは良いけど、他の食材はどうするのさ」 「他の食材? 全部シチューになるんだよ」 「はぁ? 勘弁してよ。闇鍋でもやろうっての?」 「闇鍋やるなら、グリーンローパーの触手とか持ってくるかな」 「ふざけるな、そんなの入れたら絶対に食べないからな」
慌ててもう一度袋の中まで確認したが、流石にそこまで酷い素材は入っていなさそうだった。果たしてこのまま任せてよいものか、いっそ自分がやった方がまだマシなのでは? という考えが頭をよぎるが、フィーネはまぁ任せて任せてと既に作業を始めている。
そうして出来上がったシチューはやたらと具沢山ではあったものの、とりあえず見た目はまともな白色をしていた。トウフやミルクをベースにしているのでそれもそうかという話なのだが、問題は味である。数ある食材の中でも、シンク的には魚介(しかもウオントは食用になるとは言え魔物である)をシチューに入れるのはかなり心理的な抵抗があった。別にウオントが嫌いというわけではないけれど、本日の食材一覧でいうと明らかにこれだけは仲間外れに分類されるだろう。料理中のフィーネにも当然指摘したが、「分類? そんな視点で見たことなかった」と初めて鼻で笑われた。納得がいかなかった。
「お代わりはたくさんあるから好きに食べてね」 「……」
それは鍋の大きさを見れば言われなくてもわかるが。 シンクは皿に視線を落としてしばらく躊躇っていたけれど、フィーネが先に食べ始めたのをみて、仕方なく覚悟を決める。一応、どれも食べられない食材ではないのだし、死にはしない。 恐る恐るスプーンですくって一口。
「……え、何これ。美味しいんだけど」 「でしょ?」
驚きのあまりついつい素の感想がこぼれた。意図せず褒める形になってフィーネが得意気な口調になったのは癪に障ったけれど、それが大して気にならなくなるくらいフィーネの闇鍋シチューは美味しかった。絶対生臭くなるだろうと思っていたウオントの切り身も、いい感じに旨味が出てシチューのまろやかさに深みを加えている。
「ふーん、料理本の成果ってわけ?」 「え? いや、あれは咄嗟に借りてきただけで……それにレシピがあっても結局のところ、野営の時はあるもので作るしかないし」 「それはそうだろうね」 「ゲコゲコとかサラマンダーとか、さっき言ったグリーンローパーも結構美味しいよ」 「!? 嘘でしょ!?」
シンクは当然食べたのか、という意味で聞いたのだが、フィーネは笑ってこれが意外と美味しいんだよと返した。今まで一緒に食事をしていた彼女が、急に得体の知れない生き物のように思えた。
「信じられない……」 「ほんとだって。第六の皆には評判だったんだよ。どんな食材渡しても、副長が鍋にいれたらなんとかなるって。一種の譜術じゃないかって」 「まず、アンタが今挙げたのは全部食材じゃない。そこから理解しなよ」 「食べられる材料、それはすべて食材でしょ」
シンクは心の中で誓った。今回はまだいいが、今後彼女が料理をするときは変なものを入れられないように絶対に気を付けよう。 実はかつて第六の団員たちもみな最初はそう思ったのだが、最終的に美味いしなんでもいいかとなし崩しになったことをシンクは知らない。知らなかったけれど既にその片鱗はあって、二人なのにみるみるうちに大鍋の中身は減っていった。
「ちょっと食べすぎた……」
やがて、足だけテントの外に出した状態で、シンクはそう言って寝転がった。訓練後はいつもお腹がすくとはいえ、こんなに詰め込んだのは初めての事だった。せめて消化がスムーズになるように、身体の右側を下にする。 フィーネはというと食後のデザートは別腹らしく、焚火でマシュマロを炙っていた。量で言えばシンクと変わらないくらいに食べていたはずだし、一体その細い身体のどこに収まったのか理解できず、やはり得体の知れない生き物だなと呆れた。 「シンク、要らないの?」 「無理。これ以上入るわけない。アンタどうなってんのさ」 「マシュマロはほぼ気体だから大丈夫だよ」 「……言ってることも、何が大丈夫なのかもちっともわからないんだけど」
横向きに寝転ぶと仮面が邪魔で、シンクはもういいかと外した。以前アリエッタがここに来たことはあるが、それ以外は誰にも知られていないし、フィーネさえ帰してしまえばわざわざ誰かが探しに来るとも思えない。
「もう戻れば」
お腹が満たされて満足したことだし、これで用はないとばかりに言い放った。
「戻らないよ?」
フィーネはマシュマロを見つめたまま、横顔だけでそう返した。
「……ボクはともかく、正式な騎士団員のアンタが勝手に抜け出していいわけないだろ」 「ちゃんと備品を借りるときに、師団長に外泊の許可は取ってきたよ。それに、特務はそういうの厳しくないんだって」 「それ、どうせアッシュが勝手に言ってるだけでしょ。自分が制限されたくないから」 「そうかも」
焦がさないようにくるくると串を回しながら、フィーネは同意する。すっかり日の落ちた森の中で、焚火に赤く照らされた彼女の姿はなんだか絵になる風情があった。
「あと、これから特務と並行してシンクの訓練をつけるから、ちょくちょく抜けますとも言っといたよ。師団長も今後不在にするときは一言くれるって」 「待って、ボクのこと言ったの?」 「うん」 「……」
シンクは思わず、黙り込んで考えた。自分の存在は隠されるべきものだとばかり思っていたから、急に他の奴に話したといわれて戸惑ったのだ。ただ、アッシュは一応こちら側の陣営だし、ゆくゆくはシンクだって神託の盾騎士団に入るのだから、余計な説明さえしなければ問題ない話だ。
「でも、総長から頼まれた部下を預かってるって言っただけだから、アッシュ師団長に会っても顔は隠さなきゃだめだよ」 「ま、アンタもまるきり考えなしってわけじゃないようだね」 「……。それからこれあげる、食材買うついでに目に留まっただけだけど」 「?」
フィーネは立ち上がると上着のポケットから何かを取り出し、寝転がっているシンクの目の前に置いた。 手にとってみれば細かな文字が刻まれた、金属製の輪っかだ。小さな緑色の石もついている。
「なにこれ」 「アンクレットタイプの、響律符だよ。お守り」 「は? なんで? 要らない」
シンクはほとんど反射的に身を起こした。響律符については本で読んで知っている。譜術を施した装飾具で、つけていると能力が伸びやすくなる代物だ。 ただ、それをどうして突然フィーネがシンクにくれるのか、意味がわからなかった。何かを成し遂げたわけでもなんでもないのに、物を貰う謂れなんてどこにもなかった。
「なんでって、だからお守りだってば。お守りあげるのに特に理由なんて要らない」 フィーネは答える気がないことを示すかのように、マシュマロを頬張った。彼女はシンクが睨みつけても、平気な態度でもぐもぐしている。
「要らない」
咄嗟に、なぜか抵抗しなくてはという気持ちに駆られて、シンクは座ったまま繰り返した。フィーネはたぶん、シンクが別で修行を受けていることに気づき、ボロボロになって帰ってきたのを見かねてこんなものを寄こしたのだ。彼女の心配を素直に受け止めるよりも、自分の情けなさが先に立つ。
「要らないよ、こんなの。わざわざ無駄な買い物してお生憎サマ」 「じゃあ、好きに捨てたらいいよ」
あっさりそう言ったフィーネは焚火のそばに戻ると、もうこちらを見もしないで次のマシュマロを焼き始めた。
「……」
ぱちぱちと焚火のはぜる音がする。シンクはもう一度ごろんと横になった。フィーネに背を向けて、響律符を掌の中に握りこむ。しばらくそうやってじっとしていた。フィーネはいつまで経ってもダアトに戻る素振りも見せなかった。
「……これ、どんな効果のやつ」
ほとんど独り言のような音量で聞いたのに、普通に返事はかえってきた。
「術防と物防、それから成長を伸ばすやつ」 「なんで防御ばっかなんだよ」 「最初からお守りって言ってるよ」 「……」
言い負けて黙っていても、焚火の音が沈黙を埋めてくれた。同じ火でもあの恐ろしい火山の火とは違う、暖かくて、安らぐ音だ。まだ響律符を貰ったことをうまく消化できていなかったけれど、お腹いっぱいなのと昨日眠れなかったのもあって、瞼がだんだんと重くなる。
「……シンク?」
やがて、マシュマロをすべて完食したフィーネがそうやって呼びかけてきた頃には、シンクはとっくに深い眠りの中に落ちていたのだった。
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mokuji
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