アンチ・アンチナタリズム
- ナノ -


24.近いくせに遠すぎる(25/151)

 FOFの訓練から、約三十分後のこと――。 
 嬉々として軍用テントを組み立てるフィーネを見ながら、シンクはどうしてこうなったと内心で頭を抱えていた。急な思い付きでダアトにトンボ帰りした彼女が持ってきたのは、れっきとした神託の盾オラクル騎士団の備品や食材一式。
 いつの間にか素晴らしい手際の良さで、あれよあれよと事が進んでいく。
 
「……まさかと思うけど、アンタまでここで寝るって言うんじゃないだろうな?」

 しばらく固まっていたシンクが我に返って問いかけると、テントの前面をポールで張り出し、屋根付きのスペースを作り上げたフィーネはくるりとこちらに振り返った。

「? 言うよ?」
「言うよ、じゃないんだよ」 

 当てつけでも威圧でもなんでもなく、シンクは心の底からため息をついた。確かにレジャー用の物とは違い、簡略的なつくりの軍用テントは密室とは言えないけれど、それでも二人で寝るにはやや問題があると言うか、距離が近すぎる。寝相でも少し気を使うくらいなのに、昨日無意識のうちに暴れてしまっているシンクとしては、ここで一緒に泊まるのを到底許容できなかった。

「野営の経験積むのにちょうどいいなって思ったんだよね。騎士団に入ったらこういう機会もあるんだし今のうちに慣れておくほうがいいよ」
「入ってからでいい。だいたい今やるにしても、テントは二つ要るでしょ」
「あぁ、設営の練習なら明日以降でいいよ、今日は見てて」
「そういうことを言いたいわけじゃない」

 あまりの話の噛み合わなさにイライラしたが、フィーネのほうにはたぶん悪気がない。いや、悪気が無いからこそ余計に性質タチが悪いかもしれない。

「じゃあ何が問題なの?」
「……だから、二人で寝るのはおかしい」
「残念だけど、兵士がそんな贅沢は言ってられないよ。実際、これくらいのスペースで数人寝るのは珍しくない」
「でも、男女は分けるだろ」
「え? 今更? いつも一緒の部屋なのに」
「……」

 確かに今更と言えば今更かもしれないが、本当にそれでよいのかはまた別の話である。フィーネがあまりにも疑問符を頭に浮かべている様子なので、もしかして自分のほうがおかしいのだろうかとシンクはちょっと自信を無くした。なにせ、シンクの人生経験は僅かばかりしかなく、知識だってほとんど本で知っているというだけのものなのである。フィーネに常識がないのか、騎士団の常識は特殊なのか、すぐには判断しかねた。

「……じゃあアンタ、他の奴とも一緒に寝たわけ?」
「副師団長になってからはないけど、一般兵の頃はね。部屋だって、役職つく前は数人で一部屋が普通だし。シンクも嫌でも慣れないといけないよ、特に油断して顔を見られないように気をつけないと」

 言われて、シンクはつられるように仮面に手をやった。彼女の言う通り、そんな集団生活ともなれば、ずっと顔を隠し続けるのはかなり神経を使うだろう。考えただけで憂鬱な気分になった。というか、実際に隠し続けることは可能なのだろうかとさえ思う。

「そうそうシンク、今のうちに小枝拾うのお願いしていい? 乾いてそうなやつ」
「いいけど……」
「これ終わったら火起こすの教えるね。譜術なしでもできるんだよ、私」

 なんだかうまくはぐらかされたような気がしないでもないが、たぶん彼女は考えなしにころころ話題を変えているだけなのだろう。
 シンクとしても勢いで外で寝ると言ったはいいが、テントや火があれば当然ありがたいわけで、フィーネを帰すにしてもそういう準備が全部終わってからでいいかと思い始めてきた。利用するだけ利用して、学べるものを学んだ後は関係ない。そうやって放り出したとしても、フィーネはきっと怒らないのだろうなと思った。多少怒ったとしても翌日にはケロッとして、また性懲りもなく話しかけてくるんだろう。そういうフィーネの存在は気楽で良かったが、同時に少し物足りない気もした。

「……ハ、何考えてんだろ」
「何が?」
「なんでもない。余計な気を回さなくていいから、黙って手を動かしなよ」

 普通、部下にそんな口を利かれたら、怒っても良いと思う。けれどもフィーネはハイハイと返したきりだった。彼女自身、騎士団歴が長く役職持ちだし、そのあたりの上下関係の厳しさはちゃんと知っているはずなのに。何かといえば、シンクのことを部下だ部下だというくせに。

(……無駄に馴れ馴れしいんだよな)

 しかしながらこれも今更と言えば今更か、と思い直し、シンクは頼まれた小枝集めを開始した。


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