アンチ・アンチナタリズム
- ナノ -


23.味方のいない子供たち(24/151)

 ダアトの外れにある訓練場に着くと、早速なんでもいいから譜術を唱えるようにフィーネに言われた。

「……」

 シンクは黙って、前方の少し開けた場所に向かって狙いを定める。求められていること自体は同じだが、フィーネの態度からはヴァンのときのような圧は感じられなかった。

「狂乱せし地霊の宴よ! ロックブレイク!」

 詠唱が終わると、その瞬間、地面から岩が連続的に隆起する。ここで二番目に得意な地属性を披露したのは、言わずもがな昨日の失態があるからだ。別にフィーネは気にしないだろうが、シンクは気にする。術の発動を見て、彼女はいいね、と言った。

「地属性で、さらに上級はいける?」
「成功は保証できないよ」
「別に一回でできなくていい」
「……」

 仕方ない。
 シンクは再度、集中する。体内のフォンスロットを解放し、第二音素セカンドフォニムを呼び寄せて、譜を用いて結合させるのだ。上級譜術となるとそれだけ集める音素フォニムの量も多くなるため、術の発動まで時間がかかる。

「……大地の咆哮、其は怒れる地竜の爪牙、グランドダッシャー!」

 集中を切らさないように最後まで唱え切ると、正面に地割れが起き、中から帯状に岩石が噴き出した。先ほどのロックブレイクよりは強力だが、まだ効果範囲は狭く、岩石の量は少ない。一応成功はしたものの、百点満点の出来ではないだろう。
 だが、フィーネはそれを見て、またもいいねと言った。

「シンクは地属性かなり使えるんだね」

 それから、急に慌てたように自分の口を押えた。

「あの、今の嫌味じゃないよ。てっきり得意な風属性でくるとばかり思ってたから」
「……フン、わかってるよ。アンタに嫌味を言える頭がないことくらい」
 
 まさか褒められると思っておらず驚いたのと、その後のフィーネの相変わらずさに呆れたのとで、シンクの毒気もやや抜かれた。というか、いちいちマトモに取り合って腹を立てていたら、こちらの気力がもたない。

「今日はね、フィールドオブフォニムス――FOFについて教えようと思ってるの」

 フィーネはやはりシンクの皮肉に気分を害することなく、そのまま話を続けた。見てて、とこちらが何か返事をする前に、勝手に詠唱を始める。それはおそらく上級譜術であったが、発動までにかなり短い時間しかかからなかった。

「出でよ、敵を蹴散らす激しき水塊、セイントバブル!」

 始めに大きな水泡が上空から一発。続いて何もない地面から同じような水泡がいくつも湧きだし、それらが次々と破裂した。フィーネがかなり遠い所に発動させたおかげで、こちらに被害が出ることはなかったが、効果範囲はかなり広い。水ということもあって相手の動きを止めるのにも役立つだろう。
 水泡がすべて消え去ると、フィーネは続いて見える? と聞いた。「見えるよ」これが見えなければとんだ節穴だろうと思うような青いリングが、セイントバブルの後の地面にくっきりと浮かび上がっていた。

「属性攻撃を行うとね、フィールド上に音素フォニムが溜まっていくんだよ。少ないうちは見えなかったり、白っぽい輪っかだったりするんだけど、一定量溜まるとこんな感じで色付きの円陣ができるの」
「つまり、上級譜術のほうができやすいってわけ?」
「そう」

 ということは、以前にヴァンの前でサンダーブレードを披露したときも、よく見ればできていたのかもしれない。光の刃の眩しさで意識が及ばなかったが、あちらは今披露したグランドダッシャーより精度が高く、音素フォニムもしっかり込められていたように思う。

「じゃあ、シンクはあそこに立って、もう一回グランドダッシャーを唱えて」

 シンクはフィーネに指示されるままに、青い円陣の中に立つ。普段はともかくも、訓練時のフィーネには素直に従おうという意識があった。再度集中し、体内のフォンスロットを解放する。先ほどと違うのは、意識的に集めた第二音素セカンドフォニムだけでなく、地面から水の第四音素フォースフォニムまでもが一気に流れ込んできたことだ。その音素フォニム量の多さに思わずコントロールを失いそうになるが、シンクは必死で譜を結合させる。ただやはり地属性の譜だけでは、第四音素フォースフォニムを御しきれなさそうだ。かろうじて知っている水属性の下級譜術を必死で組み合わせるが、発動後のイメージが湧かず、どの譜を組み合わせるべきなのかがわからない。
 このままでは暴発する危険がある。シンクが焦っていると、いつの間に近づいたのか、フィーネが後ろから囁いた。

「巨大な氷の剣だよ。サンダーブレードの感覚と近い」
「……」
「そして、ゆっくりでいい。音素フォニムが形をとったと思ったら、私の言う言葉を繰り返して。『慈悲深き氷霊にて、清冽なる棺に眠れ。フリジットコフィン』」

 無茶言うなとか、ぶっつけ本番すぎるでしょとか言いたいことは色々あった。だが、言いたいことを言うだけの余裕はなく、シンクは与えられたヒント通りに氷の剣を思い浮かべ、それにふさわしい譜を組み合わせて結合させていく。
 そのまま数十秒も色々試して、ある時ようやくかちりと体の中で何かが噛み合ったような感覚がした。それはただの錯覚だったのかもしれないが、シンクは構わず最後の詠唱にかかる。

「慈悲深き氷霊にて、清冽なる棺に眠れ! フリジットコフィン!」

 キーンと耳鳴りのような音がした。目の前がまばゆく光ったかと思うと、小さな氷の礫が吹き荒れる。そしてとどめと言わんばかりに本当に氷の大剣が上空に形を結び、地面に向かって深々と突き刺さった。

「……っ」

 それを見たときの達成感と、同時に襲い来る脱力感。正直なところ、立っているのもやっとだった。消耗が今までの術の比ではない。

「すごい! ほんとにいきなり成功しちゃうなんて!」

 訓練時は比較的、上官然とした態度のくせに、このときばかりはフィーネも年相応にはしゃいでいるように見えた。勢いのまま頭を雑に撫でられるが、シンクには振り払うだけの気力が残っていない。

「どうしよう、私の部下、天才かもしれない!」
「……っ、バカじゃないの」

 天才なわけがない。本当に天才だったのなら、火山になんか捨てられるわけがない。そう言い返してやろうかと思ったが、よくわからない感情で胸がいっぱいになって上手く言葉が出てこなかった。本気でフィーネが嬉しそうにするものだから、その滑稽さに免じて許してやろうという気になったのかもしれない。 
 フィーネは道具袋からパイングミを取り出すと、シンクに渡してくれた。

「今のがFOFだよ。今のがって言うか、今みたいなのが」
「フィールドに溜まった音素フォニムを利用して、より強力な技に変化させるってこと?」
「そう。フリジットコフィンはその一つ。組み合わせは色々あるし、グランドダッシャーと水以外の属性ならまた別の術になる。そこは色々試してみるしかないけど、面白いでしょう?」
「そうだね」

 まずその円陣を作りだせるだけの、上級譜術を使いこなすところから大変なのだが。
 考え込んだまま短く同意すると、シンクの考えが伝わったのか、フィーネは笑みを浮かべた。

「全部一人でやらなくても、味方と連携すること前提でいいんだよ。シンクや私みたいに小回りがきくなら、敵の術を利用するのでもいい」
「敵の術か……なるほどね」
「その前に味方を頼ることを覚えない?」
「味方ねぇ」

 そんなもの、本当にいるのだろうか。
 ヴァンがシンクを拾ったのは使い道があったからだ。フィーネがシンクを指導してくれるのは、彼女にも叶えたい思いがあり、ヴァンに戦力増強を頼まれたからだ。そして、シンクがヴァンに従っているのも、すべては預言スコアを滅ぼして、自分を生み出したこの狂った世界に復讐するため。利用し、利用されるという関係はとても明瞭だったが、頼るという感覚はいまいちわからない。
 だがそれでも、もしも自分が誰かと協力するのだとしたら、それはきっとフィーネなのだろうとは漠然と思った。

「そういえば、アンタはどの音素フォニムに適性があるの」
「さっきも見せたけど、得意なのは水。それと光。風と地は普通かな。苦手なのは火、闇」

 フィーネはぺらぺらと自分の属性を明かすと、最後だけ少し言いにくそうに、言葉を途切れさせた。

「音は、どうやら一応素養はあるみたいだけど……苦手を越して使い物になるレベルじゃない。預言士スコアラーにもなれないし、治療士ヒーラーにもなれないよ。まあ、私はおまけみたいなものだし」
「?」

 それは単に苦手を語るにしては、やや不自然な口ぶりだった。必要以上に出来ないことを強調――いや、恥じているような。
 そもそも第七音素セブンスフォニムの適性は持っている人間のほうが少ないのだから、導師でも目指さない限り、そこまで気にすることではないだろうに。
 シンクは無意識のうちに自虐をして、それからふと思い出した。前に被験者オリジナルが言っていた、『選ばれなかった者同士』というフレーズ。フィーネにも何か、第七音素セブンスフォニムにまつわる過去があるのだろうか。

「……おまけってどういう意味」

 少し神妙な気持ちになってシンクが問うと、フィーネの口元は待ってましたとばかりに弧を描いた。

「シンクだって、話してくれないことあるくせに」
「……」

 そこでやっと彼女の意図がわかって、シンクは不機嫌を込め鼻を鳴らした。

「……ハイハイ、あてつけってワケね。いいよ、アンタにそこまで興味ないし」
「そこは粘ってよ。シンクが話すなら、私も話すよ」
「別にいい」
「じゃ、じゃあ話さなくてもいいけど、本当に今日は大丈夫なの?」

 昨晩の繰り返しにうざったいな、と思ったが、カースロットはまただんまりだった。
 そういえばダアトから離れると、少し体も軽い気がする。あいつから離れている、という精神的なものかもしれないが、この術はもしかすると距離にも関係しているのかもしれない。

「そんなに心配なら、ボクは外で寝る。それでいいでしょ」

 外でなら無意識のうちに譜術を使ってしまっても、大きな被害は出ないだろう。実際、絶対大丈夫だとはシンクにも確約できないし、これは名案だと思った。いくらフィーネが止めようが、彼女の安全にも関わることだし、絶対に口で言い負かして強行する。
 しかしながらそんなシンクの目論見に反して、食い下がるかと思われたフィーネはポンと手を打った。

「確かに、それいいね!」
「えっ」
「テント持ってくる」
「は?」

 思っていた反応と違う。口で言い負かすどころか、実際には争いにもならなかった。「ちょ、」行動の早いフィーネはシンクが意味を理解する前に、とっととダアトに向かって引き返し始めていた。


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