アンチ・アンチナタリズム
- ナノ -


22.さすがにそれは(23/151)

 午前はほとんど、荒れた部屋の片づけをするだけで潰れてしまった。
 もちろんそれはシンクのせいだから当たり前だと言えば当たり前なのだが、朝になって明るくなってから見た部屋の有様は衝撃的で、元凶となったシンク本人ですら思わず困惑したものだ。直接責められたり問いただされたりしなかったのはありがたかったけれど、カーテンが外れ、割れたランプの破片が平気で落ちている部屋で普通に朝食をとって出勤したフィーネの精神も並々ならぬものである。

 幸い、フィーネは部屋に仕事を持ち帰るようなことはしていなかったらしく、書類を駄目にしたとかいうことはないみたいだった。風に吹き飛ばされて散らかっているのは主にシンクが読んでいた本とか、デスクの上の筆記用具とか、干していた衣類やタオルとか。
 ランプのように駄目になってしまったものは捨てて、それ以外の物は元あった場所に戻すという作業である。そう広くない部屋ではあるし、だいたいどこに何があったかくらい、シンクはちゃんと覚えていた。が、流石にフィーネの私服を片付けるとなると、勝手に触ってよいものだろうかと逡巡した。

(今更、別に気にすることでもないのかもしれないけどさ……)

 そもそも急にシンクが押しかけて一緒に暮らすことになっても、ちっとも嫌がる風ではなかったし。
 風呂上りだろうが、寝起きだろうが、別に恥ずかしがる素振りはなかったし。
 体術の訓練では組み敷かれることも珍しくなく、昨日の夜だって普通に上に乗られたし。

 シンクだって棄てられて拾われたばかりで、居場所があるなら正直どこでもよかった。いくら訓練で密着しようが実質ボコボコにされている状態だし、そんな状況でドギマギするような変態でもない。むしろこてんぱんにやられる度に、八つ当たりのように彼女に苛立ちを抱いていた。不甲斐ない自分が情けなくて、悔しい思いが先行していた。
 けれども昨日の晩のは、いま改めて思うとなんというか、流石に――。

「シンク、」
「うわっ!」

 考え事をしていると、がちゃ、と急に扉が開けられて、シンクはものすごい勢いで顔を手で覆った。声でフィーネだとはわかったのだが、見られてはいけないという思いが強すぎて反射的に身体が動く。そんなシンクの様子を見て、フィーネも驚いたようだった。

「ごめん、そんなにびっくりさせるつもりは……」
「……」
「仮面つけてないときは、部屋に鍵かけておいたほうがいいよ」
「っ、わかってる」

 シンクは言って、フィーネのほうも見ないで手早くベッドサイドに置いてあった仮面をつけた。
 午後には戻ると言われていたが、まさかこんなに早いとは。何か悪いことをしたわけでもないのに、シンクの心臓は忙しい。ついでに、動揺が手伝って要らぬ言葉まで口をついて出た。

「普段、アンタの部屋を訪ねてくる物好きなんていないから、つい油断したんだよ。位置的にも避けられてるのかってくらい、人の来ない廊下の端だしね」
「え、なんでまた怒ってるの?」
「怒ってない!」

 だいたい、仮に怒っていたとしても、それを直接本人に聞くだなんてどうかしている。シンクがすぐさま否定をしても、フィーネは小さく肩を竦めただけだった。それからもう興味が移ったのか、部屋の中を見回して、片付けてくれたんだなんて呑気な感想を述べる。

「……まぁ、これはボクの不始末だからね」

 荒れているときにスルーしたのなら、片付いてからも触れるべきじゃないだろうと思ったが、この件についてはシンクも悪いと思っているため言葉を濁す。そこまでは良かったが、その後が良くなかった。フィーネはまだ出しっぱなしになっている服に目を止めると、悪気のない口ぶりで続けた。

「あ、私の服の場所わからなかった? それはね、いつもそっちの引き出しに、」
「自分でやれ!」
「ええ……?」

 また急に怒ると非難されたが、シンクは彼女に服を放ると、構わず部屋を出る準備をする。「バカフィーネ」昨晩、彼女はシンクを馬鹿だと言ったが、一体どっちが馬鹿なのやら。フィーネにムカついているのは確かなはずなのに、腹のカースロットは今回はだんまりだった。まだどういう条件で術が活性化するのか、シンクには掴めていない。少なくとも被験者オリジナルのことを考えるのは絶対に駄目だ。昨日はフィーネに抱きしめられて落ち着くことはできたけれど、解除できるまで毎晩そんな辱めに合うのは絶対にごめんである。

「さっさとそれ片付けてよね。先に行ってるから」 

 シンクは言うだけ言って、逃げるように部屋を後にした。

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