15.朝からたいへん(16/151)
いい運動をして適度に疲れた日は、その分ぐっすりと眠れるものだ。翌朝、目覚めたフィーネは非常にすっきりとした気分であり、ちらと脳裏によぎった昨日の失態も朝のシャワーとともに水に流してしまった。 やってしまったものはもうどうしようもないし、嫌われてしまったのだとしても理由が明白なぶん、まだ諦めがつく。初めの印象は最悪だとしてもここからなんとか挽回していけばいいのだ。 人並みに落ち込みはするものの、フィーネは回復するのが早かった。昔、そういうところが可愛くないとイオンに言われたこともあるが、イオンの可愛いはだいたいロクでもないのでそれすらも気にしないようにしている。
フィーネが替えの団服に袖を通し部屋に戻ると、シンクももう起きていたようだった。
「おはよう。早いね」 「……」
フィーネは昨日、色々とそのままにして寝てしまったから朝に早く起きたが、シンクは別にフィーネに合わせる必要などない。うるさかったのだろうか、とまだ少し湿った髪を弄りながら考えていれば、シンクは突然ため息をついて馬鹿馬鹿しい、と吐き捨てた。
「……ホント馬鹿みたいだ、アンタってこういう奴だった。わかってたのに」 「朝からどうしたの、機嫌悪いね」 「そっちは逆にムカつくくらい良さそうだね。昨日あれだけ落ち込んでたくせにさ」 「? うん、昨日の話でしょ」
言えば、シンクがイラっとしたのが伝わってきたが、何にそんな腹を立てているのかがわからない。まぁどちらかといえば機嫌がいいほうが珍しいので、フィーネは深く追求することをやめた。ここで無理に聞き出した方が、かえって厄介なことになりそうだ。触らぬ預言に祟りなし。知らなければ、知らないで何とかなる。 「シンクも顔洗ってきなよ。朝ご飯食べよう」
実際、シンクもこれ以上やりあっても無駄だと思ったのか、素直に洗面所へと向かった。その間にフィーネは食堂に向かい、二人分の食事を取りに行く。最初は多く取ることや自室に持って帰ることを注意されるかと思ったが、所詮子供二人が食べる量で、食器もきちんと返せば何もうるさく言われなかった。若干、フィーネが大食いだという勘違いをされているような気もするが、きちんと訓練で運動はしているし納得してもらえるだろう。 そういうわけでフィーネがトレーの上に一通りのメニューを揃えて、さぁ出ようかと思った時だった。
「あっ! ごめんなさい!」
振り向きざまに、どん、と衝撃。これでも咄嗟にトレーを庇ったけれど、牛乳の入ったグラスは重心の位置も高く、弾みでぐらりと傾いて中身がフィーネの胸にかかった。ぽた、ぽた、と垂れる雫に、相手の顔からさぁーっと血の気が引く。
「う、うわー! ごめんなさい! ごめんなさい! 許してください、わざとじゃないんですぅ!」 「あ、いや……」
ぶつかったのはチョコレート色の髪を二つにくくった、可愛らしい感じの女の子。幸い、グラスはフィーネが胸で受け止めたため落ちて割れることもなかったし、女の子の方も特に怪我などしていないみたいだったが、彼女の大きな声に嫌でも視線が集まった。
「ううっ……そ、その仮面……フィーネ奏手ですよね、あ、謝りますから、痛いのは勘弁してぇ!」 「っ!? いや、あの、そんな……大丈夫だから!」
自分はそんなに怖い人物だと思われているのだろうか。仮面のせい? やはりこれのせいで怖く見えているのだろうか? 女の子のほうも動揺しているみたいだったが、フィーネも内心かなり動揺している。
「だ、大丈夫! 牛乳かけられるくらい、慣れてるから!」 「ふえっ!?」
自分で何を言っているのかわからないが、そういうことにしておいた。女の子は固まっていたが、とにかく気にしなくていい、と念を押す。それよりも集まる注目に耐えられず、フィーネは弁解も女の子へのフォローもそこそこにトレーを持って食堂から飛び出したのだった。
「へぇ、遅いと思ったら、騎士団には牛乳のシャワーもあるんだ? 豪勢だね」
帰ったらシンクに嫌味を言われるのは予想していたことだけれど、予想していてもかったるいものはかったるい。朝っぱらから疲れたのも相まって、たまには喧嘩も買うかと気まぐれを起こし、フィーネは中身の半分になったグラスを手に持って見せた。
「シンクも浴びる?」
しかし、てっきり怒るか喧嘩に乗ってくるかと思っていたのに、シンクはちょっと意外そうな顔をしただけだった。
「馬鹿言ってないで、着替えてきなよ」
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mokuji
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