05.知らない人間(6/151)
薄闇の中で巨大な音機関が発光しているのを、フィーネは少し離れたガラス越しからただじっと眺めていた。 それだけ見れば幻想的な風景ですらあったが、部屋の中の研究員やヴァン主席総長、大詠師モースの険しい顔を見ると、嫌でも胸がざわついた。これから、この場でイオンのレプリカが作られるというのはどうも本当らしい。イオンの死後、次の導師が預言に記されていないので、繋ぎとしてレプリカを使うのだそうだ。フィーネはそれをいかにも預言信者の考えそうな暴挙だと思ったが、イオンが反対しなかったのはどうしてなのだろう。 彼は預言も、それを妄信する人間も大嫌いだったのに、どうして自分の分身を作ってまで嫌な導師の仕事を引き継がせるのだろう。 隣に立つ彼の横顔をちらりと盗み見たが、フィーネにはそこから何も読み取ることができなかった。
「一体目はね、既に作ったんだけどこれが酷いもんでさ。とてもお話にならなかったよ」 「……その子は死んでしまったの?」 「僕が殺したよ。あれは生きてたほうが可哀想だったしね」
禁忌とされている生物フォミクリーが、どのような結果をもたらすのかフィーネには想像もつかない。彼は事もなげに殺したと言ったが、それはちゃんと人型をしたものだったのだろうか。どちらにしても背筋が粟立つ。自分のほうが軍属で人を殺したことも何度だってあるくせに、急にイオンが自分の知らない人間のように思えて怖くなった。
「一体目を作ったのは去年だったかな。あれからだいぶ慎重に試験を進めて、ようやくってカンジだよ」 「……どうして、こんな計画に乗ったの? イオンは預言のこと……その、嫌ってたのに」
ガラス越しとはいえ、すぐ目の前に大詠師と主席総長がいる。聞こえはしないだろうが、フィーネは無意識に声を落とした。
「そうだよ。預言なんてなくなればいい。これはフィーネが思ってるような、預言を守るの為の計画じゃないんだよ。復讐なんだ」 「復讐……?」
意味が分からず、説明を求めようとしたフィーネだったが、そこで音機関がひときわ派手な光を発した。
「ほら、できたんじゃない?」
イオンの言葉に導かれるように視線を移せば、光の中に人型のシルエットが浮かび上がっている。正直遠目であまりよくわからなかったが、フィーネは息を呑んだ。その間にもまた強い光が放たれて、もう一体のシルエットが浮かぶ。
――作られているのだ、人が
こうして目にしなければ、にわかには信じられなかっただろう。フィーネはただ固唾を呑んで見守ることしかできなかった。台の上に並べられた彼らは今やもう四人になっており、皆イオンと同じ深緑の髪をしているのが目を引いた。
「今度のはどうだろうね。見た目は相変わらずそっくりだけど」 「……」
研究員が順に少年たちに計測器をかざしていくが、モースは腕を組んで不機嫌そうだ。台の上の少年たちは怯えることもせず、ただそこにぼんやり立っている。と、思うと、二番目の少年がくにゃり、とその場に崩れ折れた。
「だめ、みたいだね」
部屋の隅に連れて行かれる四人を見ながら、イオンはそう言った。フィーネは返す言葉を持たず、ひたすら苦痛だけを感じていた。いつまで自分はこれを見なければならないのか。人形のように引きずられた彼らは、ぐったりとしている。でも明らかに人型で、イオンそっくりなのだ。
「おや、今度のあいつは……」
トータルで六番目、ということになるのだろうか。次に出てきた少年は、軽い身のこなしで自力で立ち上がった。ヴァンもモースも身を乗り出し、隣のイオンも眉を上げる。全くの素人であるフィーネから見ても、彼は他の少年たちより元気そうに見えた。が、
「ど、どうして? 何があったの?」
向こうの声は聞こえない。だが、モースが酷く腹を立てた様子で、床にペンを叩きつける。それは跳ね返って少年の太ももに当たったようだ。そしてそのまま六番目の彼も、台の上から降ろされる。制御装置の前に戻ったヴァンはまた新たなレプリカを作ろうとしているらしかった。
「きっと、第七音素の値が低かったんだろ。身体だけ元気でも、導師として使えなきゃゴミだ」 「ゴミって……! そんな言い方……勝手に作って、そんな、」 「言い方なんて関係ないよ、どうせもう死ぬ。ガラクタは廃棄だ」 「っ……!」
フィーネはカッとなって、思わずイオンの頬を張り飛ばした。言葉より先に手が出てしまったのは悪いと思ったが、こればっかりは我慢できなかった。「どうして、そんな酷いことが言えるの」頬を押さえたイオンは口元を歪めた。笑っているのだった。
「生きていたって、幸せとは限らない。死んだ方が幸せなこともある。あいつらは特にね」 「じゃあ初めから作らなければいい」 「そうは言っても、導師は必要なんだ。それにあれは僕の復讐でもある」 「だから復讐ってなんなの」 「……フィーネ、頼みがあるって言ったよね」
イオンの頬は赤く腫れていた。普通で言うなら、なんたる不敬だろう。しかしイオンは気にせずフィーネの目を正面から見つめた。
「僕はヴァンと預言の無い世界を目指している。僕が死んだあと、フィーネにはその世界を見届けてほしい」 「は……何言って……?」 「断らないよね。だってこれは僕の最期の頼みなんだよ」
こちらの戸惑いを無視して、音機関はまた強い光を放つ。フィーネは絶望的なその光に照らされて、イオンに抱いた怒りの感情が急速に萎えていくのを感じていた。
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mokuji
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