アンチ・アンチナタリズム
- ナノ -


12.消えればいいのに(13/151)

「アリエッタ……!?」

 現れたのは、教団内で幼獣という二つ名を持つ少女だった。その魔物使いという特殊さと導師守護役フォンマスターガーディアンという役職ゆえに、シンクも存在だけは知っている。
 どうやらフィーネは彼女と知り合いのようだった。そのせいか、こちらを囲む魔物の群れはうなり声を上げているというのに、フィーネの警戒が緩められていく。

「どうしてここに……それに、嘘つきって一体なんのこと?」
「フィーネがイオン様を取ったぁ! アリエッタのイオン様を返して!」

 イオンの名を聞いて、びくりと反応したのはシンクだけではなかった。フィーネは視線だけで軽くこちらを振り返り、改めて庇うようにシンクの前に立つ。もしやアリエッタは被験者オリジナルとシンクを間違えて、錯乱しているのだろうか。それにしてもシンクには、この少女がそこまで被験者オリジナルに固執し、ましてやフィーネにいの一番に食って掛かる理由が分からなかった。

「アリエッタ、聞いて。誤解なの、彼は、」
「イオン様は、アリエッタを導師守護役フォンマスターガーディアンから外すって! 代わりを務めるのはフィーネなんでしょう!?」
「ええっ!? 嘘、誰がそんなこと!?」
「総長が言ってたもん! ちょうどフィーネも異動だって、だから、フィーネが導師守護役フォンマスターガーディアンになるってことでしょう!」

 アリエッタは言うだけ言って、そこで限界を迎えたのかわあわあ泣き出した。魔物たちを引き連れてはいるものの、直接攻撃してくるつもりはないらしい。

「フィーネの異動先は特務師団だよ」

 シンクが口を挟むと、フィーネが驚いたように勢いよく振り返った。アリエッタの視線がこちらに注がれるのがわかる。彼女はぼろぼろとこぼれる涙を拭って、それから首を傾げた。

「あなた、誰……?」
「か、彼はなんでもない。私が個人的に指導してる部下なの」

 慌てたようにフィーネが答えを返すが、必死になって誤魔化す必要はなさそうだった。アリエッタは初めからシンクなど眼中にない。フィーネを探し回った結果、ここに辿り着いただけで、今の今までシンクがいることに気づいてもいなかっただろう。それがわかったからあえて声を出したのだ。

「仮面……お揃い……。フィーネ、アリエッタとイオン様以外にお友達いたの?」
「はぁ!? 人の話聞きなよ、部下だって言ってるだろ。仮面だって、着けろって言われてるから着けてるだけだ!」
「シンク、それだと私が部下に趣味を強制しているみたいに聞こえる……個人的に指導とかもかなりまずい……」
「うるさいな、ボクはフィーネと友達だって思われるのも迷惑なんだよ!」
「お友達じゃないの……?」
「だからそうだって言ってるだろ!」

 シンクが声を荒げると、ひっと言ってアリエッタが身を竦めた。眉を八の字に下げて、今にもまた泣き出しそうな顔をしている。導師守護役フォンマスターガーディアンのくせに、随分と甘ったれた奴だと思った。

「いい? アンタおつむ弱いみたいだからもう一回説明してあげるけど、フィーネとボクは友達じゃないし、フィーネの異動先は導師守護役フォンマスターガーディアンじゃなくて特務師団。どうせヴァンの話を最後まで聞かずに飛び出してきたんだろう」
「ううっ……だって、だったらフィーネ以外に誰が……」
「知らないよ! それこそ戻ってヴァンに聞きなよ。もちろん、この魔物たちもきっちり連れて帰ってよね!」
「ごめんね、本当に私じゃないの」

 フィーネが重ねて説明したことで、ようやくアリエッタも納得したらしかった。すっかり意気消沈した様子で、魔物の背に所在なさげに座っている。

「勘違いして、ごめんなさい……」

 まったくだ、と鼻を鳴らしたのはシンクだけで、フィーネは彼女に負けず劣らず申し訳なさそうだった。一方的に勘違いされただけだというのに、加害者を気遣うなんてどうかしている。ただ、アリエッタとのやりとりで、フィーネが被験者オリジナルと友人だというのはわかった。それも、アリエッタが導師守護役フォンマスターガーディアンの解任を告げられて、すぐに思い浮かべるくらい懇意の友人。


「……アンタって、被験者オリジナルとどういう関係なわけ?」

 魔物ともどもアリエッタが去った後、シンクは意を決して尋ねた。聞くには少々タイミングが遅い質問だったが、なんとなく二人の間で被験者オリジナルの話はタブーになっていたのだ。

「どうって……ただの幼馴染だよ」

 そこにまさか、シンクのほうから踏みこむとは思わなかったのだろう。フィーネは少し動揺したように見えたが、シンクは構わず質問を続けた。

「アンタも、預言スコアを憎んでるの?」
「憎むというか、無くなってしまえばいいと思うようになったよ」
「……」

(それは、被験者オリジナルの死が、預言スコアで定められていたから?)

 思うようになった、という言い方はそういうことだ。また、どうしようもない苛立ちが胸の中で渦巻き始める。フィーネが預言スコアのない世界を目指す理由が被験者オリジナルのためなのだとしたら、さっきのアリエッタも、フィーネもみんなアイツのことばっかりだ。

「早く、消えればいいのに」

 シンクの呟きを聞いて、フィーネは預言スコアのことだと思ったのだろう。彼女は同意するように、小さく頷いた。
 シンクがその言葉の先に、誰を思い浮かべているのかも知らないで。


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