アンチ・アンチナタリズム
- ナノ -


35.持たざるひとたち(119/151)

 フィーネに会ったら、絶対に文句を言ってやろうと思っていた。そうやって直接ぶつかった方が、変に気まずくならずに済むと思っていた。今回敵対してしまったのはフィーネが馬鹿正直に上官命令に従っているからで、モースの考えに心から賛同しているわけではないのだと思う。実際、教団でのフィーネは大詠師派ではなかったし、預言スコアに対してもさほど興味が無いように見えた。大詠師派か導師派で言うなら、『イオン様』派だなんて軽口を叩きあったこともあるくらいだ。
 それなのに、今フィーネは当たり前のように六神将と肩を並べて、イオン様に近づけさせまいとアニスの前に立ちはだかっている。予想に反して覚悟を決めた風な彼女の態度に、アニスは内心とても動揺していた。

「フィーネのばか! 本気で私と戦うつもりなのっ!?」

 ルークが剣を抜いたのを皮切りに、戦闘が開始される。リベンジマッチと言わんばかりにラルゴがジェイドに切りかかり、シンクはガイとルークを相手にひらりひらりとフィールドを舞う。そのサポートにティアが入ったのを見て取って、ナタリアはアニスの後衛に回ってくれたみたいだった。ランバルディア流アーチェリーのマスタークラスというだけあって、フィーネの詠唱を実に上手く矢で阻止している。しかしながらフィーネの本職は拳士であり、一気に距離を詰められれば、アニスはその攻撃を凌ぐので精いっぱいだった。

「もうっ! なんなのっ!」
「アニスも、遠慮しなくていいよ。イオン様にも言ったけど、もう私のこと友人だって思わなくていいから」
「はぁっ!? なによ、それ! フィーネってばホントにどうしちゃったの!?」

 こちらが文句を言うどころか、それではまるで絶交宣言だ。アニスは信じられない思いでいっぱいだったが、フィーネの攻撃は当然待ってくれない。

「きゃっ」

 くるくると回転したフィーネから飛燕連脚ひえんれんきゃくが繰り出され、アニスはトクナガごと空中に打ち上げられる。そして同じように飛び上がってきたフィーネが、目の前で高く脚をあげた。まずい。

鷹爪蹴撃ようそうしゅうげき!」
「させませんわ、シュトルムエッジ!」

 間一髪でナタリアの矢が飛んできたことにより、フィーネの蹴りは矢を叩き落とすように向きを変える。トクナガの重さと大きさの分、先に着地したアニスは、ようやく反撃とばかりに拳を真っすぐ上に向かって振りぬいた。まだ混乱した気持ちのままだったし、友人と思わなくていいという言葉に傷ついてもいたが、とにかくやられっぱなしはアニスの性に合わない。

臥龍撃がりょうげき!」

 アニスの動きに連動するように、トクナガの大きな手が上空に向かって突き出される。「っ!」フィーネはそれを腕でガードするようにして受け止めたものの、いかんせん空中ということもあって踏ん張りが効かなかったようだ。大きく後ろに吹き飛んだところに、ナタリアがまた矢を番えて放つ。

「ピアシスライン!」
「フィーネ! クソッ……ゴチャゴチャとうざいんだよ……! 吹き飛びな! 昴龍礫破こうりゅうれっぱ!」

 首を捻って矢の軌道を追ったシンクが、舌打ちをしてすかさずカバーに入る。ちょうどシンクに切りかかろうとしていたルークと、フィーネを追って突っ込んでいったアニスは地面から噴出する岩石に阻まれて吹き飛ばされた。ガイはかろうじて直撃を避けたようだが、それでも後退を余儀なくされる。

「皆退がって! 回復するわ!」

 ティアの回復により、一旦体勢を立て直すことにした。シンクもこちらを向いたまま、後方のフィーネに向かって呼びかける。

「フィーネ、なにやってんのさ!」
「……出でよ、敵を蹴散らす激しき水塊……」

 流石にさっきの攻撃だけでは、フィーネを戦闘不能にするのは難しかったらしい。なかなか立ち上がってこないと思えば、距離が開いたことで譜術に切り替えたようだ。ナタリアが詠唱を阻止するためにまた弓を弾き絞るが、

「セイントバブル!」

 惜しくもそれは間に合わず、巨大な水の泡が地面からいくつも湧きだす。そこかしこで破裂したそれは、ラルゴと応戦していたジェイドのほうまで広がり、いよいよ場は混戦を極めた。地下の遺跡は激しい戦闘と譜術の応酬でぐらぐらと揺れ、頭上から砂の塊や岩石が落ちてくる。

「おいおい、こいつはやばそうだぞ」
「こんな地下で派手な譜術を使うとは、敵もなりふり構わずといったところでしょうか。いや、何も考えてないだけかもしれませんが……」

 どうやらジェイドは遺跡倒壊のリスクを考慮して、槍術メインで応戦していたらしい。しかしフィーネもシンクもラルゴも、誰一人として崩れる天井に動揺の色を見せない。

(考えてないだけじゃない……覚悟してるんだ。でも、一体どうしてそこまで……?)

 ここで生き埋めになるわけにはいかない。少なくともアニスにはそんな覚悟はない。この状況ではイオン様もろとも巻き込んでしまうし、なによりこんなところで死にたくなかった。切羽詰まると和平に対する使命感はすっぽり頭から抜け落ちて、もっと身近な人達の顔が思い浮かぶ。ここでアニスが死ねば、ダアトに残された両親はどうなるのだろう。あの騙されやすくてお人好しな人たちは、アニスがいないととても酷い目にあってしまうのではないだろうか。

「おい! 封印は解けたぞ! 三人がかりでいつまでかかってやがる!」

 どうやらこの状況を前にして、攻めあぐねたのはアニスだけではなかったようだ。各々が各々の理由で攻撃に移れないでいたところ、奥でイオン様を拘束していたアッシュが噛みつくようにそう叫ぶ。

「アッシュ! おまえなんなんだよっ、人を呼びつけて、」
「ええい、屑が! おまえはとにかく大人しくしてればいいんだっ!」
「ルークっ!」

 おもむろに切り込んで来るアッシュを、ルークが咄嗟に剣で受け止める。タルタロスでのへっぴり腰から比べるとすごい成長だった。キン、と刃がぶつかり合う高い音。一進一退の攻防を繰り広げる二人が鏡のように同じ動きをしていることは、剣術に明るくないアニスでもすぐにわかった。

「「双牙斬そうがざん!」」

 技も、発動するタイミングもすべて同じ。飛びのいて大きく後ろに下がったルークは、認めたくないとでも言うように小さく首を振った。

「今の……。今のはヴァン師匠せんせいの技だ! どうしてそれをおまえが使えるんだ!」
「決まってるだろうが! 同じ流派だからだよ、ボケがっ! 俺は――」
「アッシュ、やめろ!」

 アッシュが感情の高ぶった様子で何かを言いかけると、すかさずシンクが声をあげて制止する。

「ほっとくとアンタはやりすぎる。剣を収めてよ、さぁ」
「……チッ」

 肩を掴まれ、いさめられたアッシュはかなり渋々といった雰囲気で剣をおろした。シンクはアッシュが落ち着いたのを見ると、くるりとこちらに向き直る。

「取引だ。こちらは導師を引き渡す。その代わり、ここでの戦いは打ち切りたい」

 それは意外な提案だったが、六神将のほうもこのまま戦闘を続けても埒が明かないと判断したのだろう。封印は解除されたとアッシュも言っていた。彼らがどうしてセフィロト回っているのかはわからなかったけれど、とにかく向こうはもうイオン様に用がないらしい。アニスとしても無事にイオン様を返してもらえることが一番なので、戦いをやめること自体に異論はなかった。

「このままおまえらをぶっ潰せば、そんな取引成り立たないな」

 だが、ガイの言うことにも一理ある。確かに彼らは強敵だったけれど、人数差と治療士ヒーラーの有無の関係で、時間をかければ打ち負かすこともできるかもしれない。取引が成立するのはあくまで対等な立場同士の話で、現時点ではわずかながらこちらのほうが有利に見えた。けれどもガイの言葉を聞いたシンクは、余裕たっぷりに唇を歪めて笑う。

「ここが砂漠の下だってこと、忘れないでよね。アンタたちを生き埋めにすることもできるんだよ」
「むろんこちらも巻き添えとなるが、我々はそれで問題ない」
「……ローレライ教団の導師に、キムラスカの親善大使、そしてマルクト皇帝の名代。私たちの命と引き換えにしても十分お釣りがくる」
「な、なんなんだよこいつら……」

 簡単に人の命を奪えることも恐ろしいが、簡単に自分の命を投げ出せるのもまた恐ろしい。ルークが戸惑うのも無理はなかった。彼らの態度がひどく淡々としたものだったことが、逆に底知れない狂気を醸し出していた。
 自分たちの命よりも、組織の目的が優先される集団。アニスでいうところの『両親』のような、守るべきものや執着すべきものを彼らは微塵も持っていないように見えた。その寄る辺のない無敵さが、ひどく恐ろしいとともにとても悲しい。

(私、やっぱりフィーネのこと、なんにも知らなかったのかも……)

 アニスは友人だと思っていた少女の姿を――その無機質な仮面をじっと見つめた。アニスにはアニスの事情があって、誰にも言えないことや後ろめたいことをたくさん抱えている。思いがけず敵対することになって戸惑ったけれど、結局はフィーネも事情を抱えていたというだけのことだ。友人だからと言ってなんでも打ち明けられるというのは、所詮はただの理想でしかない。そのことは他ならぬアニス自身が一番よくわかっていることだった。

「……ルーク、取引に応じましょう。今は早くイオン様を奪還して、アクゼリュスへ急いだほうがいいわ」
「陸路を進んでいる分、遅れていますからね」
「……わかった」

 ティアとジェイドが停戦に賛同したことで、ルークの決意も固まりシンクの取引に応じることになる。解放され、ゆっくりとこちらに歩いてきたイオン様に、アニスはすぐさま駆け寄った。

「イオン様……! 心配しました……!」
「迷惑をかけてすみません」

 イオン様は皆に向かって小さく頭を下げると、それから六神将のほうを振り返る。いや、正確には彼はフィーネのほうに向きなおった。

「フィーネ、あなたが何と言おうと、僕はまだあなたのことを友人だと思っています」
「……」

 フィーネは返事をしなかった。アニスもまた、イオン様の言葉に追従して自分も友人だと言い募りはしなかった。イオン様の言葉は温かくて力強いものだったけれど、その優しさはむしろフィーネを苦しめることになるような気がしたからだ。

(いっそ責められたほうがマシってこと……あるよね)

 アニスはそっとイオン様の腕を引く。気づくとフィーネに文句を言ってやりたい気持ちはすっかり萎んでしまっていた。むしろフィーネのためにはこちらからも絶交をつきつけたほうがよかったのかもしれないけれど、どうしても自分と重なる部分が見えて、一方的に責めるような言葉を口にするのは躊躇われた。

「そのまま外に出ろ。もしも引き返して来たら、そのときは本当に生き埋めにするよ」
「……あのような下賤な輩に命令されるとは腹立たしいですわね」
「でもナタリア、こらえてくれよ」

 追い払うようなシンクの口調に急かされるようにして、一行はザオ遺跡を後にする。アニスは道中イオン様を支えるように、彼の背中にそっと手を添えていた。そうすることで彼がもう二度と、フィーネを振り返らないようにしていたのかもしれなかった。



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