アンチ・アンチナタリズム
- ナノ -


14.引っかかり(98/151)

 エンゲーブでお世話になったローズの協力により、神託の盾オラクルの目を盗んでなんとかセントビナーに入ることはできた。しかしながらほっとしていられたのも束の間、見知った人物の声にイオン達は慌てて身を隠す羽目になる。

「あれが六神将……。始めてみた」

 撤退命令とともに彼らが行ってしまうと、ガイはどこか感嘆したふうにぽつりと感想を漏らした。彼はついこの前流星のように現れて、リグレットやアリエッタの手からイオンを助け出してくれたというのに、それでも改めて目の前に集結されると圧倒されてしまったのだろう。そんなガイの様子を見て、六神将? とルークが首を傾げたため、イオンは説明のために口を開いた。

神託の盾オラクルの幹部、六人のことです。もっとも、先ほどのは全員ではありませんでしたが……」
「え、でも六人いたぞ?」
「黒獅子ラルゴに死神ディストだろ。烈風のシンク、妖獣のアリエッタ、魔弾のリグレット……と。あの仮面の女の子は知らないけど、いないのは鮮血のアッシュか?」

 ガイは卓上旅行が趣味なだけでなく、人物についても詳しいらしい。いや、ほとんどダアトにこもりきりだったイオンが知らないだけで、それだけ六神将は有名なのだろう。

「仮面の子――フィーネは、アッシュの部下です」

 彼女についてはまだ色々と心の整理がついていなかったけれど、一人だけ説明しないと言うのもおかしな話だ。イオンが補足をすると、ジェイドが少し意地の悪い笑みを浮かべてさらに付け足す。

「六神将に合わせた風に呼ぶなら、止水のフィーネ……でしたか? 元マルクト帝国の秘密部隊出身で、しかもイオン様の幼馴染だとか」

 流石に今回の計画を始動する前に、ジェイドは神託の盾オラクルの人員についてしっかりと下調べを行っているようである。幼馴染という単語に感情が漏れ出ぬよう、イオンは努めて表情を作った。

「マルクトの秘密部隊だって? じゃあ旦那も知り合いだったのか?」
「いえいえ、私の知る限り、うちにそんな部隊があったとは存じませんねぇ」
「はぁ? 意味わかんねー。でも幼馴染って……だったらなんで襲ってくるんだよ?」
 
 バチカルの屋敷の中だけで育ったルークにとって、幼馴染とはもうひとつの家族のようなものなのだろう。それは同じくダアトの籠の鳥であったイオンにとっても想像に難くない感覚で、だからこそフィーネに理解してもらえなかったことに傷ついてもいた。

(やはり僕は彼女にとって、本当の幼馴染ではないから……)

「おやおや、ガイとあなたはどうか知りませんが、幼馴染だからってなんでも言うことを聞いてくれるわけではありませんよ」
「でも、イオンは戦争を止めようとしてるんだろ。だったら何も間違ったことなんか……」
「彼らはヴァン直属の部下よ」

 不意に自分の心境以上に固い声が耳に飛び込んできて、イオンははっとして顔を上げる。彼女は今しがた名前の上がったヴァンの実妹であり、チーグルの森ではヴァンの命を狙ったのだという話もちらりと聞いた。

「六神将が動いているなら、戦争を起こそうとしているのヴァンだわ……」
「六神将は大詠師派です、モースがヴァンに命じているのでしょう」

 教団でのヴァンは預言スコアに対する立ち位置を明確にはしていないけれど、基本的にはモースの顔を立てているようであった。イオンのようなレプリカが造られたことについても、次代の導師が見つからないなか教団の求心力を失うのを恐れたモースの発案だったというし、ヴァンがどこまで自分の意思で行動しているかははかりかねる。
 だが、ティアの意見は変わらずに頑ななものであった。

「大詠師閣下がそのようなことをなさるはずがありません。極秘任務のため、詳しいことを話すわけにはいきませんが、あの方は平和のための任務を私にお任せくださいました」
「ちょっと待ってくれよ! ヴァン師匠せんせいだって、戦争を起こそうなんて考えるわけないって!」
「兄ならやりかねないわ」
「なんだと! お前こそモースとかいう奴の回し者スパイじゃねぇのか!?」
「二人とも、落ち着いてください」

 イオンだけでなくガイの取りなしもあって二人は矛を収めたが、ルークはまだ機嫌を損ねたままでいる。ヴァンを悪く言われるのは、自分が悪く言われるか、もしくはそれ以上に我慢のならないことらしい。その気持ちはイオンにもよく理解できることだった。異例の抜擢で導師守護役フォンマスターガーディアンになったやっかみか、アニスについての心ない中傷やお節介なご注進を耳にすることもあったからだ。

(アニスは無事だろうか。さっきの六神将の話では、うまく逃げられたみたいだけど……)

 イオンの意思を汲んで、親書を受け取ってくれた彼女。表向きの年齢と生きてきた時間に乖離のあるイオンにとっては、幼馴染と呼ぶにふさわしいのはどちらかと言えばアニスのほうだろう。
 イオンはあの眩しい笑顔を思いだし、沈みかけた心を少し明るくさせたのだったが――


『アニスの大好きな(恥ずかしい〜☆ 告っちゃったよう♥)ルーク様♥はご無事ですか? 
 すごーく心配しています。早くルーク様♥に遭いたいです☆ 
 ついでにイオン様のこともよろしく。
 それではまた☆ アニスより』

「目が滑る……」

 セントビナーのマクガヴァン将軍に託されていたアニスからの手紙。それを律儀にも声に出して読み上げたルークは、頭痛がするとでもいうように眉をしかめる。ガイは揶揄い半分、呆れ半分で笑っていたけれど、イオンはあまり笑える気分ではなかった。

(……僕のことはついで、ですか)

 ジェイドに対しても同じようにぶりっこをしていた彼女を知っているから、これが本気ではないとわかっている。だがそもそもかなり年が離れていて、性格的にも絶対まともに取り合うことのないジェイドならともかくも、ルークに対するそれはなんとなくイオンの胸に面白くない感情を抱かせた。こんな気持ちになるのは生まれて初めてのことで、正直自分でも戸惑ってしまう。

「冗談じゃねーや、あんなウザい女……」

 だから、いつもならアニスのことを悪く言われれば腹が立つのに、ルークがそういうのを聞いてイオンはほっとしてしまった。イオンを含めそれ以上は誰もアニスについて触れなかったため、そのまま話題は第二地点であるカイツールのことに移る。ガイの話では、ヴァンもルークのことを迎えにカイツールに向かっているらしかった。

「兄さんが来るのね……」
「おっと。何があったか知らないが、ヴァン謡将と兄妹なんだろ。バチカルの時みたいにいきなり斬りあうのは勘弁してくれよ」
「……わかってるわ」

 ティアから即時戦闘に移ることはないという言質もとれたことで、満場一致でこのままカイツールに向かうことが決定する。街の入口まで戻って、イオンはそこでふらりと眩暈を感じた。まずい。立っていられないかもしれない。

「あの、我儘を言ってすみませんが……少し休ませてもらえませんか」

 迷惑をかけたくない気持ちはある。だが、このまま街の外で突然倒れる方が、余計に迷惑をかけてしまうだろう。意を決してイオンが口を開くと、ルークがくるりと振り返ってこちらの顔を覗き込んだ。

「……ん? おまえ、また顔色が悪いな」
「すみません……」
「手間のかかる奴だなぁ。おい、宿に行こうぜ」

 口調こそぞんざいなものだったが、あっさりと受け入れられて。これまで我儘で箱入りのお坊ちゃまとばかりに彼をあしらってきたジェイドも、ルークのことを少し見直したようである。一連のやり取りを聞いていたガイも、どことなく誇らしげであった。

「それがルークのいいところってやつさ。使用人にも、お偉いさんにも、わけへだてなく横暴だしな」
「う、うるせぇ!」

 これまで導師として一線を引かれてきたイオンにとっては、ルークの態度は好ましいものだった。言動は少し子供っぽいところがあるけれど、チーグルの森での様子を見ても、彼の心根が優しいことはよくわかる。

「ありがとうございます」

(アニスとのことは、少し引っかかるところはあるけれど……)

 イオンはセントビナーの宿屋を目指しながら、この短い旅の間にルークとももっと仲良くなれたらいいな、と思った。


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