アンチ・アンチナタリズム
- ナノ -


09.目の前にはいないきみ(10/151)

 戦闘訓練を続けて数時間。最初は避けるだけで精いっぱいだった彼も、たまには反撃の拳を振るえるようになっていた。が、それでも生まれたばかりのシンクとフィーネでは経験の差がある。それはいかにシンクが優秀と言えど、簡単には埋められない差であった。

「拳を繰り出した後の身体ががら空き! すぐ腕を引きつけて」

 シンクは成長途中ということもあり、フィーネと同じで小柄だし華奢だ。敏捷さと手数を売りにしなければ、力では押し負けてしまうだろう。可哀想だが、手加減はしない。今手加減すれば、実戦で困るのはシンクだ。カンタビレ師団長にしごかれた日々を思い出しながら、フィーネは動きを止めなかった。

「相手の勢いと力を利用するの。がむしゃらに向かって行ってもだめ」

 言って、今まさに突っ込んできたシンクをいなし、彼のバランスを崩させる。

「隙が多いよ」

 死角を狙って手刀を叩きこめば、シンクはまた倒れこんだ。もはや数えるのも難しいくらいの回数だ。だが地面に何度転がしても、シンクは精神的に打ちのめされるということを知らないみたいだった。むしろ起き上がるたびにその背中にますますの怒りといら立ちを募らせていくのがわかって、珍しい子だなと思う。

「このダサい仮面のせいで、視界が悪いんだよ」
「……デザインはシンクの好きに作ればいいけど、どのみち顔を隠す必要はある。慣れなくちゃいけないよ」

 いくら髪型を変えようと、イオンとそっくりの顔なのだ。それこそ双子の兄弟だと逃げる手もあるが、フォミクリーという技術がある以上、勘のいい者は察してしまう危険がある。

「アンタは……」
 
 シンクが何か言いたげに口ごもっていたので、流石にフィーネも攻撃の手を緩めることにした。いや、実際今日は初日なのだし、訓練はもう十分なのだ。シンクが何度も立ち上がってくるから、終わり際がわからなくなっていただけで。

「アンタはなんで、こんなもの着けてるんだよ」
「……」

 シンクがようやく発した質問は、フィーネにとっては過去に何度も聞かれた質問だった。不審に思うのは当然だと思う。フィーネの仮面に関しては、酷い火傷があるのだとか、誰かの隠し子なのだとか、色々な噂が絶えない。幼年学校時代には訓練にかこつけて無理に暴こうとする者もいたが、フィーネはそれを全ていなしてきた。
 大っぴらに話せる内容でないというのもあるが、そもそも他人に自分の過去を知られたくなかったからだ。特にシンクの前で預言スコアの話はしたくなくて、適当な理由を探した。

「自分の顔が嫌いなの」

 しかし適当に言ったはずのこれが、思いのほかすとんと胸に落ちた。自分で言って、そうだったのか、と妙に納得する。双子の兄と同じ顔と言えど、兄はイオンほど有名ではない。成長した今では性差も出てくるし、きっと仮面を外そうが今更出自を勘繰られることはないだろう。それなのに頑なに仮面を外さないのは、自分が嫌いだからか。
 内心一人で納得するフィーネを、シンクは訝るようにじっと眺めていた。

「なにそれ、アンタって人に見せられないほど酷い顔なの」
「そう」
「……見せてよ」
「イヤ」

 フィーネがここまでハッキリ断るとは思わなかったのか、僅かにシンクがたじろいたのがわかった。だが、それもまたすぐにムッとした雰囲気に変わる。

「ボクの顔は見ておいて、そっちは隠すワケ?」
「別にシンクの顔を見せてって言って見たわけじゃない」
「まさか、寝る時までずっと着けてるつもり? 一緒の部屋だってこと、もう忘れたの?」
「あー……」

 確かにすっかりそのことを忘れていた。実際、一般兵として相部屋だった頃は片時も外さず寝るときも常に気を張って生活していたが、今更そんな疲れる生活を送るのは避けたい。あの頃は本気で兄と似ていることを恐れていたが、今はそうではないのだから。
 こうしてフィーネが仮面をつけて生活をし続けているのは、単純に外すタイミングを失い、仮面ありきの自分の顔に慣れてしまって、無しではどことなく落ち着かないせいだ。嫌いだからだとついさっき自覚するまでは、確かにそれが主な理由だった。
 
「じゃあ、あとで部屋で見て」
「はぁ? 結局、部屋なら外すの? だったらさっきのイヤはなんなのさ、アンタってホント、」
「もう今日は帰ろう」

 疲れてしまった。体力的にもそうだが、どちらかといえば気疲れした。普段のフィーネは、仕事以外でこんなに誰かと会話することはない。風変わりで人を寄せ付けない雰囲気を漂わせたフィーネを好き好んで構うのは、それこそイオンくらいのものだった。
 
(イオンは今頃、どうしているのだろうか……)

 フィーネはシンクが黙ったのをいいことに、ここにはいない幼馴染に思いを馳せた。
 彼の死因が何なのか、秘預言クローズドスコアにどこまでの内容が示されるものなのかは知らない。だが、最近特にイオンが弱っていたのは、フォミクリーの実験に付き合っていたせいだと思う。少なくとも体調を悪化させている一因には違いなく、そうだとすればイオンはまさしく自らの手で終わりに向けて駒を進めているのではなかろうか。
 フィーネはそこまで考えて、ぶるりと小さく身を震わせた。
 すっかり汗が乾いて、冷えてきた。

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