■ 8.久しぶりの笑顔
「リア……どうした?」
ホテルの部屋に駆け込むなり、リアは玄関でへたりこんだ。
動機が激しい。
走ったからではなく、恐怖のためだ。
「何があった?」
リアのただならぬ様子に驚いたのか、クロロは少し眉をひそめながらこちらに近づいてくる。
「ごめん……大したことじゃないの。ただ、うっかり絶してる人に話しかけちゃって、それで……」
常に緋色の目であるため、普段リアは盲目のフリをしていた。
サングラスではいささか心もとないし本当はカラーコンタクトをするのが一番なのだろうが、自分の指とはいえ、目に鋭いものを近づけるなどトラウマが蘇ってどうしてもできなかった。
だから必然的に、幼い頃より視覚を遮断して生活してきたリアはほかの人間よりもはるかにオーラや気配の探知に優れている。
目を閉じたリアの前では、絶などほぼ意味をなさなかった。
「気をつけろよ。お前は敏感なくせに、変なところで抜けているからな」
「うん…」
感度はいい。だが、認識度は低い。
危険回避能力として特化しているため、誰かがそこにいることはわかっても、それが誰のオーラかまではよくわからない。
だからこそ街でぶつかったとき、クロロだとすぐに気付けなかった。
「リア、こっちへ来い」
いつまでも玄関に座ってるな、と彼は手を引いて立ち上がらせる。
買い物行く予定だったのに……変な親切心なんて出さなきゃよかった。
子供の声だったから、すっかり油断していたのだろう。
おつかい一つ満足にできない自分が腹立たしかったが、クロロに促されるままリアはソファへと腰掛けた。
「目を見せて」
「……うん」
その言葉に、リアは素直にフードを取り、顔をあげる。
昔はなかったのに、最近クロロと暮らし始めてからこういうことはよくあった。
「ふむ……いつもより緋色が濃いな…」
クロロはじっと緋色の眼球を見つめる。
角度を変え、光に照らし、長い時は一時間でも二時間でも飽きることなく眺め続ける。
そんな時、自分は『リア』ではなくただの『鑑賞品』だと思っていた。
クロロの邪魔にならないように、息を殺し瞬きを極力こらえる。
本当ならば、こんな物みたいに扱われるのは好ましくなかった。
けれども相手がクロロだから、受け入れて大人しくしている。
リアはクロロもまた、自分の目に惹かれた人間の一人にすぎないことを心のどこかで知っていた。
「もういいぞ」
「……もう?
今日はダメ?綺麗じゃない?」
「綺麗だよ」
この目が無くなったらクロロとも終わり。
緋の目がなければ、こんなに辛い人生じゃなかった。
だけど緋の目がなければ、クロロに出会うことも、こうしていま一緒にいることもなかっただろう。
リアはフードを被りなおすと、ぎゅっ、と拳を握り締めた。
「やっぱり、買い物行ってくる……」
「無理するな。食事はルームサービスで済ませればいいし、その他必要なものがあれば大抵は用意してくれる」
「それはそう、だけど……」
確かにクロロの言う通り、ホテルなんだからそう身の回りに気を配らなくていい。
しかもここは高級スイートだ。
昔からクロロは金持ちなんだろうなと思っていたが、まさかここまでとは驚いた。
クロロにさえ任せていれば、当面の衣食住くらいは全く困らないだろう。
だけどそれじゃ昔と全く変わらない。
一方的な依存だ。
そして、依存をすればするほど離れた時に辛いのは自分だということを嫌と言うほど知っている。
だからリアはわざと明るい声出して「大丈夫」と言った。
「クロロがいない時は、いつもこうして出掛けてたし」
「そうか…気をつけろよ」
「うん、ありがと」
気をつけろ、なんて言われたのは一体いつ以来だろう。
行ってきます、と小さな声で言ってみると、妙に恥ずかしい気分になった。
「あぁ…」
たとえ、行ってらっしゃいとは言ってくれないクロロでも、それでもリアは今とても幸せだと思った。
***
「また会えて嬉しいわ。
特にゴンくん、無事でよかったわねぇ」
「えへへ……キルアの妹に助けてもらったんだ」
「まったく、こいついっつも無茶ばっかりしやがって、尻拭いは全部オレだから参るよなー」
「ごめんってばー」
にこにこと笑うゴンは、心音も前と変わらない。
嘘偽りなくどこまでも真っ直ぐで、確かに大人びたのであろうが相変わらず歪みがなかった。
だが……
キルアの方はどうだろう。
センリツの能力をもってすれば、どんなに嘘が上手くとも偽証は不可能。
それなのに、彼は『妹』と言う単語に心音とは異なる態度を見せた。
「でもさ、オレもゴンの親父にちゃんと会って見たかったぜ」
「そうだよね!キルアのこと話したらいい友達が出来て良かったなって言ってくれたけど、またすぐに別れちゃったからなぁ」
「お前の自由なとこは絶対親父譲りだな」
からかうように笑うその横顔は、確かにまだ幼さが残る。
けれどもセンリツは彼が必死で妹から話題をそらそうとしていることがありありとわかった。
「だけどよ、結局オレは妹さんに会えずじまいでさ。
あの状態のゴンを治せる力があんなら、是非ともオレの念の師匠になって欲しかったんだけどよ」
「キルアの妹は治療系の能力者なのか?」
「…似たようなもんだけど、レオリオの師匠やれるほどじゃねーよ。
つーか、お前は念より医師免許だろ」
「うっせーよ!それはそのうちだ、そのうち取るからいいんだよ」
もちろんレオリオにもクラピカにも悪気はない。
ただ一人、キルアの心情を知るセンリツは助け舟を出そうとレオリオの方に向き直った。
「そういえば、ネットで選挙の様子を見たのだけれど、レオリオくんも私と同じ放出系なのね」
離れた位置に拳骨の形をした念を出せるのは、オーラが体から離れても持続できる放出系能力者だからこそだ。
彼は自分の話になると、途端にえへんと胸を張ってみせた。
「そうなんだよな。いやー見てくれたのか、オレ様の素晴らしいパンチを」
「はっきり言って、あのような公の場で自分の念をばらしてしまうのは感心しないな」
「仕方ねーだろ。ムカついたんだからよ…おっと、ゴンの親父だったな、わりぃ」
「あはは……」
動画で見たジンは、確かにゴンによく似ていた。
顔形もそうだが、何よりその瞳に宿る意思の強さ。
クラピカは察したのか、もうキルアの妹に関しては追求せず、こちらの話に乗ってくれた。
「放出系なら、治療に使えそうな念も考えやすそうね」
「でもパンチじゃ正反対だからな。
ホントに、ヒソカのオーラ別性格判断当たってると思うぜ」
「んじゃあ、変化系のお前は嘘つきで気まぐれなんだな?」
「否定はしないね。
まっ、短気で大雑把な奴よりいいんじゃない?」
「お前なー!全国の放出系能力者に謝れってんだ」
そこで、ふふっ、と笑ったのはクラピカだった。
ヨークシンでの蜘蛛の一件依頼、あまり笑わなくなった彼の笑顔に、センリツは驚く。
クラピカは肩を揺らし、くすくすと笑った。
「よかった、クラピカやっと笑ったね」
そして、皆思っていてもなかなか言いにくかった言葉は相変わらずゴンによって発せられるのだった。
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