■ 7.変わったもの変わらないもの
侵入者。
クラピカはやりかけの仕事をそのままに、黙って席を立った。
「……クラピカさん、どうされました?」
「いや、大したことではない。
仕事を続けてくれ」
部下が不思議そうにこちらを見るから、愛想笑い程度に笑みを返す。
だが、いつも気難しそうな顔をしているクラピカがそんなことをしたから、かえって部下は困惑したような表情になった。
「……わかりました」
「すぐに戻る」
普段なら、侵入者など他の者に伝えて対応させるだけでいい。
一応相手は念使いのようだが、私はもうボディーガードではなく、そういった役割の者は別に雇ってあるのだから。
だが、それでもクラピカは誰にも告げずに気配の方へと向かって行った。
当然頭にあるのは、この前ここを訪れた同胞のこと。
これほどわかりやすく来てくれるはずないし、目を見られて怯えていた彼女がこんな短期間のうちに戻ってくる確率は無いに等しかったが、希望を持たずにはいられない。
本当に生き残りならば、緋の目を、仲間の目をどうしても取り戻したいにちがいなかった。
その気持ちは痛いほどわかる。
クラピカは円を張り巡らせ、詳しい場所を特定すると、自然と急ぎ足になった。
**
「…そこにいるのはわかっている。大人しく出てきた方が身のためだぞ」
気配を辿って行き着いた先は、いわゆるリネン室。
単に替えのシーツなどが仕舞われているだけのそこには、当然緋の目など隠してはいない。
気配の消し方も大して上手くはないし、やはりただの侵入者だったのか。
クラピカは残念に思いつつも、気持ちを奮い立たせて毅然とした口調で問いかけた。
─その瞬間
「……っ!!」
不意に後ろから、鋭いものが首筋に突きつけられる。
私としたことがつい、油断した。
侵入者は一人ではなかったのか。
クラピカは軽く右手を構えながら、目だけを動かして背後に立つ人物を捉えようとした。
「よ、クラピカ、久しぶりー」
「……キル、ア?」
聞き覚えのある声に反応を示せば、あっさりと開放される。
慌てて振り返れば、悪戯っぽく微笑む仲間の姿がそこにはあった。
「びびってやんの、だっせー」
「な、なぜ……お前がここに」
「キルアだけじゃないよ!」
その声と共ににこっ、とあの眩しい笑顔を浮かべて現れたのは、紛れもなくゴンだ。
そして、最初からわかっていた侵入者の正体はレオリオ。
思いがけない再会に、クラピカはびっくりして何も言えなかった。
「えへへ、びっくりした?」
「あぁ……気づかなかった」
「ほらみろ、俺の絶もなかなかなもんだろ」
「いや、レオリオ。貴様のは初めからバレバレだったよ」
いくらびっくりしていても、そこだけは聞き捨てならない。
素早く訂正をしたクラピカに、キルアは吹き出し、レオリオはむくれた。
「んだよ、なんでオレにだけ厳しいンだよ」
「あはは、クラピカ変わらないねー」
ゴンの何気ない一言が、こんなにも突き刺さるなんて。
再びこうして出会ったことで懐かしさを感じる一方、無邪気に笑う彼らが酷く眩しく感じられた。
「しかし……突然どうしたんだ?
こんな侵入者まがいのマネして……」
たまたまクラピカが来たからすんなりと会えたものの、本来なら侵入者の対応はボディーガードがする。
彼らにとってそんなものは何の障害にもなりえないだろうが、わざわざそんな面倒なことをする必要性が感じられない。
クラピカが問うと、レオリオはえっへん、と言わんばかりに腕を組んでふんぞり返った。
「てめーが、全然連絡を寄越さねぇから、罰だよ罰!」
「クラピカ結構マジの顔してたぜ」
ニヤリ、と笑って揶揄してくるキルアは、前よりも背が高くなっていて顔つきも少し大人びている。
もちろんそれだけでなくゴンとキルア、この二人は前よりも格段に強くなっていることがありありとわかった。
「俺とキルアは初心に帰ろうと思ってヨークシンに来たんだけど、偶然レオリオに会ってね。
そしたらクラピカに会いにいく所だって言うから、ついて来たんだ」
「そうか……」
わざわざ会いに来てくれたことはとても嬉しい。
だが、その反面会いたくなかったとも思う。
そんな複雑な気持ちが顔に出ていたのか、キルアはふう、とため息をついた。
「邪魔なら帰るぜ、悪かったな」
「いや……そういうわけではない。私も忙しくて連絡が滞ったのは悪いと感じている」
「ゴン、死にかけたんだぜ?」
「……あぁ、後から知ったよ」
これは嘘ではない。
そもそも念という存在が秘密裏な以上、普通のメディアでは選挙のことを扱わない。
そのため、クラピカは少し遅れてハンターサイトで選挙の動画を見た。
そして、そこで初めてゴンが死の淵に立たされていたことを知ったのだった。
「…サイトでは詳しいことまではわからなかったが、ゴンが無事でなによりだ」
「……それだけかよ?」
「キルア!」
きっ、と冷たい目で睨まれ、少し背筋がぞくりとする。
いい目だ。
皮肉なことに、それはいい暗殺者の目。
キルア自身は気づいていないのかもしれないが、強くなった彼はまた一歩家業へと近づいたような気がする。
だが、それもゴンが咎めると、すぐにいつものキルアに戻った。
「私が悪かった……
レオリオも頻繁に連絡をくれていたらしいが、出ることができなくてすまない」
「お、おう……やけに素直だな」
「これでも反省はしている。
ただ、私にはどうしても優先すべきことが…」
Pipipipi……
不意に鳴り響く着信音。
センリツだ。
そういえば彼女もゴン達に会いたがっていたし、ちょうどいいかもしれない。
クラピカは電話に出ると、手短に今の状況を説明した。
「……というわけだからセンリツ。
君も少しこちらに来てくれないか?」
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