■ 6.ゆらめく影
「おい見ろよ、あれ、セメタリービルだぜ!」
「スッゲー復興してんじゃん」
ヨークシンの街に着いたゴン達はすっかり元通りになった街並みに感動する。
オークション開催期に比べて観光客の数は少なかったが、それでもやはり大きな街であることには変わりない。
三人はきょろきょろと周りを見回しながら、ノストラードファミリーの別荘があるという方角へ進んでいた。
「つーかさぁ、クラピカは俺たちが来てるってこと知らないんだろ。
いきなり訪ねてって入れてもらえんのかよ」
「あ?
んなもん、なんとかなるだろ。
少なくともお前ん家訪ねるよりかは楽だっつうの」
「確かに、キルアの家は門からすごかったよね」
レオリオの言う通り、今更マフィアなんて怖くない。
だが、今度は友達を取り戻すために来た訳ではないので、できれば手荒なのは避けたいところだった。
「めんどくせぇから侵入しちまえばいいんじゃねぇーの?」
「レオリオ、絶もできるようになったの?」
「あったりめーだろ。ゴンもキルアも見てなかったけど、俺だって念を習得したんだぜ?」
後から聞いた話では、選挙の際にレオリオはジンを殴ったらしい。
ヒソカのオーラ別性格判断は結構あたる見たいで、彼には放出系がぴったりだった。
「それじゃ、絶で侵入してクラピカをびっくりさせてやるとするか!」
「レオリオぜってぇバレんなよ」
「バッカ、俺様のウルトラハイパーな絶が気づかれるわけねぇだろ」
自信たっぷりにそう豪語するレオリオに二人はちょっぴり呆れる。
絶をするならするで、突然やれば怪しまれるので、三人は特に何も示しあわせたわけでもないのに、徐々に絶を開始した。
「やっぱりキルアが一番上手だよね」
「まーな。お前らとはやってた年月がちげーし」
少々喋って歩いたところで、周りの一般人は気づかない。
三人はリラックスしながら、ぶらぶらと街を歩いていた。
「あの、落としましたよ」
歩いていると、不意にそんな声が聞こえた。
どうやらレオリオがハンカチを落としたらしい。
「あ、悪い。ありがとな」
ハンカチ落とすなんて、お前は少女漫画のヒロインかよ。
キルアは呆れてその様子を眺めていたが、やがて自分達が絶をしていたことを思い出した。
「いえ」
彼女は首をふると、そのまま立ち去ろうとする。
キルアは警戒するべきかどうか迷いながら、女の一挙一動を見守った。
レオリオの絶は完璧とまでは言いがたかったが、決して一般人に見えるような代物ではない。
しかも彼女は全盲なのか、目をつぶったまま歩いていたのだ。
「あ、待ってくれよ。
あんた、名前はなんて言うんだ?
お礼をさせてくれよ」
「え…」
「おいレオリオ」
たぶん、レオリオはこの女の強さに気づいていない。
鼻の下を伸ばしているところを見ると、単に彼女が美人であるから、お礼なんて言い出したんだろう。
キルアは関わるな、と言う意味で名前を呼んだのだが、彼はナンパを邪魔されたと思ったのか、少し照れたように肩を竦めた。
「…別に、お礼をしてもらうほどじゃない。
あなた達もどこかへ行く途中なんでしょ」
彼女はぼそぼそと喋る。
声が少し震えていて、なぜか緊張しているようだった。
「…あなた『達』?」
どうやら、普段は鈍いゴンでも流石に引っ掛かったようだ。
すなわち、彼女が気づいたのはレオリオだけではないということ。
自己流の段階でヒソカにすら気づかせなかったゴンや、元暗殺者の俺の絶にまで気づいているということは、並大抵の使い手ではない。
だが、単に警戒しているだけのキルアとは違って、ゴンは積極的に女に話しかけた。
「お姉さん、俺たちの気配がわかるの?」
「……え?」
「俺、絶は苦手じゃないんだけどな」
ゴンの言葉に、女の表情は凍りつく。
ご、ごめんなさい…。
そう呟いて、彼女はじりじりと後ずさりを始めた。
「待ってよ!どうして謝るの?」
「や、やだっ…怖い!許して、ごめんなさい!」
足がガクガクと震えている。
演技なんかじゃない。
彼女は本当に怯えていた。
「ごめんなさい、私、買い物に来ただけなの…だから…」
「怖がらないで、俺たち何もしないから!」
ゴンはそのままゆっくり近づいて、彼女の腕を取る。
触れられた彼女はびくり、と肩を震わせ固まった。
「おい、ゴン…どうしたんだよ?」
「いや、なんかこの人ほっとけなくてさ」
えへへ、と困惑気味にゴンは笑うが、彼女の方はどう見たってほっておいて欲しそうだ。
青ざめていて、今にも気絶しそうな雰囲気だった。
「ご、ごめんなさい!」
バッ、とゴンの手を払って、彼女は駆け出す。
そして、三人は次の瞬間
信じられない光景を『見た』。
「……き、消えた!?」
周りの景色に溶け込むかのように、彼女は姿を消したのだ。
辺りを見回すが、どこにもそれらしき人影はない。
「お、おい、どうなってんだぁこりゃ…」
「まさか瞬間移動…?」
ほんの一瞬だった。
目を離してなんかいない。
三人は呆然として、彼女がいたはずの場所を見つめる。
「あの人、何かに似てるんだよね…」
「なんだぁ?ゴン知り合いか?」
「ううん、違うよ」
「なんだよ、それ」
彼女がいなくなったことで緊張がほぐれ、呆れたようにキルアは笑ったが、似たような感情を抱いていたのも事実だ。
俺の弱いとこにも似てんだよな……
あの異常なまでの怯え方はイルミを恐れる自分と重なるところがあった。
強烈なトラウマ、と言った方が正しいのか。
彼女は確かに「人」に怯えていた。
「あ、わかったよ!
動物だ、怪我した動物とかあんな感じだよ!」
「ゴン、そりゃあいくらなんでもあんまりなんじゃねぇの?」
苦笑いするレオリオに対して、ゴンはいたって真面目な表情だ。
それどころかむしろ、一人で納得してうんうんと頷いている。
「そうだよ、だからなんだかほっとけないんだよね。
あのお姉さん、この街に住んでるならまた会えそうだし…」
「かなり拘るんだな」
キルアがちょっと驚くと、ゴンは困ったように微笑した。
「俺に似てたのかも」
「お前に?」
いつも直球ストレートなゴンの真意がわからなかったのは、初めてだったかもしれない。
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