■ 4.予期せぬ再会
フードを被り直し、リアは再び明るい大通りへと戻ろうとした。
すると視界に飛び込んできたのは黒く長い影。
顔をあげるのが怖くて普段から足元ばかり見て歩く癖がついているのだが、影の向きから考えるに、どうやらこちらを向いて立ち止まっているらしい。
落ち着いたはずだったリアの心臓はまたしても早鐘をうち始めた。
大丈夫…
落ち着け…
念を使えばリアの姿は薄くなり、きっと通りすぎていってしまうはず。
そう思って息を殺して身を固くしていると、影はだんだんこちらに近づいてきた。
「何者だ、お前は?」
「………」
どこか懐かしく、聞き覚えのある声。
だがそんなはずない。幻聴か、良くてデジャビュというやつだ。あまりにも不安だったから彼を思い出してしまって、そのせいで懐かしく聞こえただけ。
そう思いつつも、リアは恐る恐る視線をあげていく。
黒いブーツに黒いコート。
全身黒ずくめの男は「まさか……」と呟いた。
「リア?」
名前を呼ばれて、思わず上を向いた。
身長差のせいで見上げる形になったが、相手の顔がしっかりと見える。
「え、クロロ…?」
リアの記憶の中のクロロとは違い、オールバックに風変わりな格好。
だが、独特の艶っぽい笑顔だけは変わっていなかった。
「久しぶりだな、リア」
「…っ!」
嬉しさよりも懐かしさよりも、驚きでリアは固まってしまっていた。
「まさか、こんなに早く会えるとは思っていなかった。
ほぼ4年ぶりか…子供の成長は早いな…」
「…ホ、ホントにクロロなの!?」
確かに別れた時は14歳、今は18ともなると、リアはずいぶんと大人っぽくなっていた。
クロロはさも愉快そうにこちらを眺めると、「だがそれでもまだ小さいな」と笑う。
当たり前みたいにいなくなったくせに、当たり前みたいにまたこうして喋っているんだもの…敵わないよね…
だが、リアからしてみれば、今の格好のクロロの方が自分よりも変わったように思えた。
「クロロ、なんでそんな変な格好してるの!?昔は普通に髪をおろして、Yシャツとか着てたのに…!」
「へ、変…?
いや、仕事の時はこの格好なんだ。
そういえばお前には見せたことがなかったな…それにしても、変とは…」
仕事、仕事とはよく聞くけれど、実際何の仕事をしてるかなんて知らなかった。
クロロは昔からどこか謎めいた所があって、もしも色々と知ってしまったら目の前から彼がいなくなるような気がして聞けなかったのだ。
「よくわかんないけど…私、一応帰ってくるかもと思って待ってたんだよ!
だけど、帰ってくる気配もまったくないし…」
「そうか」
「そうかって…クロロの嘘つき!あんなの、私を捨てていったのと同じじゃない」
今まで積もり積もってた想いがいっきにぶちまけられる。
違う、本当はこんなこと言いたいんじゃない。
寂しかった、って言えばいい。
会いたかった、って言えばいい。
こんな恨み言を言うためにクロロを探してたんじゃない。
それなのに負の言葉と涙はどんどん溢れ出てきて…。
「…せっかく会えたんだ。
ここではなんだし、少し場所を変えて話そうか」
再びうつむくリアにクロロは優しくそう言った。
だからリアは泣き声を洩らさないようにぐっと唇をかみ、こくんと頷いた。
**
都心にあるホテルの一室。
ここでなら誰にも邪魔されずに話すことができる。
二人は微妙な空間を空けて、ソファーに腰かけた。
「フード取って。よく顔を見せて」
普段なら絶対にしない行動だけれど、リアは言われるままにフードを脱いだ。
「やっぱり…まだ緋色のままなんだな」
額にかかる前髪を手で払いのけ、クロロは感慨深げにぼそりと呟く。
不意に距離が近くなり、リアは思わず目を反らした。
「とても綺麗だ……リア」
「う……わかったから、離れて」
「なぜだ?」
「さすがに恥ずかしい…」
不思議そうに首をかしげる彼がどこまで本気で言っているのかわからない。
ただ、もう昔とは違ってリアもそれなりに年頃なのだから、クロロにそんなことされて恥ずかしくないわけがなかった。
「そうか、それもそうだな……すまない。つい、な」
「ううん、別にいいけど……」
くすっと笑って離れていくクロロがとても遠くに感じられる。
あんなに会いたかったのに、昔は無邪気にくっついていたのに、今はどう接していいかわからない。
リアは気まずさからほとんど自分の膝ばかり見つめていた。
「でも、お前とこうして再会できて良かったよ」
「……再会する気なんて、あったの?」
まただ。
そうやってすぐに責めるようなことを言う。
リアは言ってしまってから後悔したが今更出た言葉は取り消せない。しかしクロロは別段意に介したふうもなく、淡々と、むしろ今答えを探すかのように返事をした。
「どうだろうな…出来ればいい、くらいには思っていたよ」
「……」
心が締め付けられる、という感覚を久々に味わったような気がする。
クロロは初めからこういう人だとわかってはいたけれど、改めて突きつけられると流石にこたえた。
だが、リアが心を許せるのは彼だけであり、逆に言えばこんな淡白な彼だからこそ私を殺さないでいてくれるのかもしれない。
「そっか…」
リアは傷いたき気持ちを誤魔化すように愛想笑いをしたけれど、やっぱり会話は弾まなかった。
Pipipipipipi…
すると、沈黙を破るようにクロロの携帯が鳴り、聞きなれない電子音にリアはほとんど条件反射のように息を殺した。
相手もろくに確認せずに、もしもしと電話に出たクロロはかかってくることを予め知っていたのかもしれない。
「…そうか、ああ…わかった。
その辺はお前らに任せる。着いたらまた連絡をくれ」
電話に出ている時のクロロにはなんだか言葉にできない凄みがあり、リアは依然として身体を固くしたまま。
ようやくちゃんと眺めることのできた横顔を見ながら、こんな彼を見たことがなかったな、とぼんやり考える。
一体、自分はクロロとの再会に何を望んでいたのだろう。
彼は変わってしまったようで、実際には何も変わっていないのかもしれなかった。
久しぶりに会えて涙するような人ではないし、熱く抱擁を交わす雰囲気でもない。
ただ偶然にばったりと、懐かしい友に会った、彼の態度はそんな感じだ。そこに特別な感情は見受けられない。
リアが一人で切なさを噛みしめていると、クロロはピッと通話を終了し、深いため息をついた。
「予定が狂ったな……リア、今後お前はどうする?」
「え、私?
私はしばらく、ヨークシンにいるけど……」
予定を聞かれ、嫌でも緋の目のことを思い出した。
せっかく見つけたのだ。危険でも、このまま引き下がるわけにはいかない。
リアの返事を聞いたクロロは顎に手をあてて、ふぅむと唸った。そして、リアが期待すらするのが辛いと避けていた話題を簡単に口にする。
「それならまた、俺と暮らさないか?」
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