- ナノ -

■ 48.そして無理難題

日に日に悪くなっていくクラピカを間近で見て、リアが自分を責めたのは当たり前のことだろう。二人の因縁についてはリアのせいではない。しかしせめてヨークシンにクラピカ一人を残していかなければ、もっと早くにゴン達に打ち明けていたらと思わずにはいられなかった。

だが、現実にはゆっくりと後悔していられるだけの余裕もない。
クラピカの元を離れたリアは一人、以前の密会場所へと向かっていた。


「……クロロなら、ここにいるって思った」

ぼろぼろの扉を開け、リアは泣き笑いを浮かべる。会いたくて仕方がなかった、一番会いたくない人。目の前でいつもと変わらぬ穏やかな表情を浮かべている彼がクラピカにあんなことをしたなんて、信じられなかったし信じたくもなかった。

「お互い考えることは同じだな、俺もリアを待っていた」

「クロロ……私、」「まぁ、座れよ」

ほんの少し前までは、この場所でたくさん楽しい話をした。だが、今日はそうじゃない。リアは言われた通りクロロの正面の席に着くと、深呼吸してから本題に入った。

「……クラピカを助けて欲しい」

クロロはきっとリアの要件をわかっていただろうに、それでも少し眉を顰めた。

「ほう、それは……あれを俺がやったとわかった上での言葉か?」

「うん……毒を使うならその解毒剤くらい、持ってるんじゃないかと思って……」

もちろん、クロロとクラピカが敵同士だということは嫌と言うほどわかっている。それでも他に自分にできることが思いつかなかった。リアにとってクロロはまさしく最後の頼み綱で、彼ならばと期待した部分もある。

「無茶を言ってるのはわかってる……でも、お願い……クロロはそんな、」

「悪い奴じゃない、か?お前だって見ただろう?あいつの身体中にあった傷を」

「……だけど、だったらどうしてクロロはここで待っててくれたの?」

クロロがこの場所にいなければ、リアが彼を探すのは不可能だった。だからこそ彼の姿を見たとき僅かながらに希望を感じた。「お願い、クロロ……解毒剤を持っているのなら渡してほしい」テーブルに額がつきそうなほど頭を下げる。「私にできることならなんだってするから……」残念ながらリアに出来ることはそう多くないが、そうでも言わない限り他に言葉が見つからなかった。


「……なぜ、そこまでして奴を助けたい?」

やがて、黙っていたクロロは低い声でそう問いかける。その声はどこか詰問するような口調で、自然とリアは背筋が伸びる思いがした。
ここで答えを間違ってはいけない。自分の一言にクラピカの命がかかっている。

「なぜって、それは、彼は大事な仲間だから……」

「仲間と言ってもそう付き合いは長くないはずだ。お前がなんでもする、と自分を売るに値するだけの恩を受けたのか?それとも仲間というのは『同胞』という意味か?」

「同胞だから助けたいわけじゃない……本当にいい人たちなの。私のこと、物扱いしなかった。だから……」

そこまで言ってリアは口をつぐんだ。クロロが自分を『緋の目』として見ていたことを思い出したからだ。
もちろん、今でも少しはクロロのことを信じている。むしろすぐに憎めるわけもない。それでもあの日の別れはリアにとって、酷く苦しいものだった。彼の『綺麗』が瞳を指していたということは泣きたいくらいに辛かった。

「いい人か……、俺だってあいつが全くの善人なら何も言わないさ。
だが、あいつは俺の仲間を殺した。俺もあいつも人殺しなのにどうして奴を庇う?」

「それは……」

「戻る場所が無くなると言うなら、また俺のところに来ればいい」

親切めいたクロロの言葉は、かえってリアを深く傷つけた。「違う、私はそんなつもりじゃ……!」それは心というより、プライドだったのかもしれない。確かに今までは依存できる人間に、自分を迫害しない人間に依存していた。けれども別に今は自分の居場所が惜しくてクラピカを助けたいわけじゃない。

「……お願い、彼を助けたいの。何でもする」

結局、クラピカから借りた本は最後まで読まずじまいだ。ページをめくるたびに近づいていく距離が純粋に嬉しかったし、皆と買い物に行ったのも楽しかった。短い間だったけれど、リアは本当に幸せだった。だからこそ、誰かが欠けてしまうなんて絶対に嫌だ。

「……それなら、本当になんでもするんだな?」

そう聞いたクロロは酷く冷たい表情をしていた。それなのに黒い瞳は冷めきっていなくて、抑えこんだ怒りと憎しみで煌めいていた。きっと、クラピカが彼を恨んでいるように、彼にも並々ならぬクラピカへの恨みがあるのだろう。

リアは頷いた。が、クロロが次に言う言葉など全く予想もしていなかった。今はとにかく必死で何を言われてもできるような気がしていたからだ。だが、

「お前の瞳を寄越せ」

クロロはゆっくり、それでいてはっきりと要求を述べると、こちらの表情の変化をじっと観察するように見つめた。いや、この時彼が見ていたのはリアの表情などではなく、驚愕に色づく瞳の色なのかもしれない。

あまりに衝撃的すぎる言葉にリアは目眩がする思いだった。どうして、どうして気がつかなかったんだろう。

確かに財も力も持たぬリアに出来ることなど、初めから限られていたのだった。

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