- ナノ -

■ 46.兄と弟

「前みたいにライセンスを売って……」「だから金の問題じゃねーんだって」

「じゃあ、あれは?GIにあった『大天使の息吹』を使えば、こんな謎の毒だって、」「間に合わねーよ……」

別にゴンに意地悪をして、次々と提案を蹴っている訳ではない。むしろ、キルアからしてみれば何度駄目だと言われても諦めずにずっと考え続けられるゴンが羨ましかった。
だが、それでもいつかアイディアに限界は来る。もちろん、時間だって待ってはくれない。

レオリオの必死の介抱も虚しく、クラピカの容態は悪くなるばかりだった。多少手荒な真似をしつつ情報収集に1日費やし、残るは後2日。
リアは完全に自分を責めているみたいで、魘されるクラピカの手を握ったまま一言も喋らなかった。

「……俺はまた、ダチを救えねーのかよ……っ!これじゃ一体何の為に……クソッ、クソッ!」

少しでも暗い気分を変えようと、クラピカのことはリアに任せてしばし三人はビルを出た。今の心情に不釣り合いなほど晴れ渡った空が憎くて、無力感ばかりが胸を満たす。

コンクリートの壁に拳を叩きつけるレオリオの気持ちは、痛いほどよくわかった。それでもレオリオが偉いのは、クラピカの前では一切自分の苦悩を見せずに絶対助けると励まし続けているところだ。
キルアだってそれなりに毒に関して詳しいつもりだったけれど、こんな遅効性すぎる毒は今まで見たことも聞いたこともない。もちろん、ミルキにも連絡を取って調べさせたが、結局得られるものは何もなかった。


「キルア、あの……クラピカが呼んでる」

「俺?」

外へ出てきたリアが、小さく手招きをしてそう言った。そしてついでに私も少し席を外すから、と一言。あぁ、わかったと頷いて、キルアはゆっくりと階段を登った。クラピカの話が何であれ、もうあとあいつを救えるのはアルカしかいない。こんな形で妹を利用してばかりの自分にも嫌気が差すが、他にはもうどうしようもないのだ。こちらに戻るのは瞬間移動を使うとして、パドキアまで行くのにもそれなりに時間がかかる。最後の手段を使うのは、そう遠くないことだとキルアは内心覚悟していた。


「クラピカ……?なに?」

「わざわざ呼んですまない……お前の兄弟のことで話がある……」

たった今アルカのことを考えていたばかりのキルアは、クラピカの言葉に驚いた。だが、アルカのことはゴンしか知らない。そのゴンだって、詳しい能力は何も知らないはずなのだ。「兄弟?」しかし、キルアの兄弟は何も一人ではない。枕元に腰をおろすと、クラピカは視線だけを動かしてこちらを見た。

「着物を着た、子供の事だ。歳はキルアより下だろう」

「……カルトのことか?」

「あぁ、そうだ……確かにそう呼ばれていた」

「呼ばれてた?……会ったのか?」

キルアは急な話についていけず、思わず首を傾げた。一体どうしてここでカルトが出てくる?そもそも二人に面識があるのかどうかすら知らない。だがヨークシンで蜘蛛を探していたクラピカが会ったということは、それはつまり……。

「どうやら、知らなかったみたいだな……。お前の弟は今、蜘蛛にいる」

「っ!まじかよ……親父が許したのかよそんなこと。
ちょ、待て、じゃあクラピカのその傷っ!」


拷問には、少なからず個人の癖が出る。それはもはや好みと言ってもいいだろう。カルトはゾルディック家において兄イルミに次ぐ『模範生』であり、子供ながらの無邪気さか、時として兄以上に残酷なことを好んだ。

「落ち着いてくれ、私は別にキルアを責めたくてこんな話をしたのではない……。ただ私に毒を盛る時、あの男は『暗殺向きだ』と言った。
ゾルディックが蜘蛛と繋がっているなら、あるいは……」「この毒の出所はやっぱり俺の家か!?」

それなら、ミルキは嘘をついたことになる。だが、いくら意地悪な兄貴でも意味もなく嘘はついたりしない。ならばキルアが尋ねた時には既に上から圧力がかかっていて、ミルキは口止めされていた……?

「その通りだよ、キル」

抑揚のない、そのくせ胸をざわつかせるような声がキルアの名前を親しげに呼んだ。「……あ、兄貴、」どこからここの情報が漏れたか。きっとミルキと通話したからだ。いつの間にか窓辺に佇む会いたくもない兄の姿に、キルアはさっと身を固くする。

「や、選挙の時以来だね。あの後アルカだけが帰ってきたから、兄ちゃんがっかりしたよ」

「……何しに来た」

キルアを無理に連れ戻すつもりなら、今までだっていくらでもチャンスがあった。だがそれでも兄が来なかったのはおそらく親父が放っておけと言っていたからだろう。キルアには今このタイミングで兄がここへ来た意図が読めず、とりあえず庇うようにクラピカの前に出る。
そんなこちらの警戒を感じ取ってか、はたまた余裕だからか、イルミはというとその場から一歩も動かなかった。

「何って、キルが困ってると思ってさ。
そっちの金髪、死にそうなんだろ?」

「……何か知ってるのか、この毒のこと。カルトが関わってるのか?」

「いや、カルは関係ないよ。それはオレがクロロに頼まれて分けてやった新種の毒。前に大陸からの珍しい毒が手に入ったって話をしたんだよね」

ま、正直まだまだ試作品ってとこなんだけど、と続けたイルミは、さらりと長い髪をかき上げる。とっくに洗脳の針を取った後でも、やはりキルアはこの兄が苦手だった。

底のない闇を思わせる真っ黒な瞳は、見ているだけで本能的な恐怖を感じさせる。それでも今日は普段より機嫌がいいのか、無表情なはずの兄の口角が僅かに上がっていた。


「キル、取引をしよう」


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