■ 45.熱に浮かされる
「随分と、早かったな……」
電話で聞いた声よりも、実際に会ったクラピカは酷く衰弱していた。見た目にもわかる怪我はもちろんのこと、熱があるようだ。ほとんど転がるようにして床に伏せた彼の様子は完全に病人のそれだったが、瞳だけが嫌にギラついてとても不釣り合いだった。
「おい、クラピカ!どうしたんだ、何があったんだよ!?」
「少し、油断した……私には時間がない。早く蜘蛛を倒さなければならない」
「はぁ!?何言ってんだよ、そんな状態で行けるわけねーだろ!おい、診せてみろって!」
レオリオが駆け寄って抱き起こせば、彼は気丈にもそのまま立ち上がろうとする。しかし、誰がどう見たってふらふらの状態で、念すらまともに遣えないようだ。キルアはまさか、と嫌な予感がして、クラピカの顔を覗き込んだ。
「蜘蛛には会ったのか?」
「……あぁ」「何を盛られた?」
その言葉を発した途端、クラピカの瞳が動揺したように揺れる。
キルアは家で何度もこういう目に合ったことがあった。食事から摂取する以外に耐性をつけるため、毒を直接頚動脈に打つことがある。もちろんキルアがやるときは致死量に満たない少量から慣らしていっていたが、クラピカのこの衰弱ぶりを見る限り明らかに……。しかしその割には彼が即死していないのが不思議だった。
「毒なの?じゃあキルアに聞けば大丈夫だね!」
「いや、そうは言われてもな……クラピカ、これ何の毒かわかるか?というか、お前ならある程度自分で解毒剤については調べただろ?」
そうだ、いつ盛られたのかはわからないが、クラピカならただ手をこまねいているなんてことはないだろう。レオリオが自分の上着を脱いでその上に彼を寝かせ、ゴンとリアに氷やら水を買いに行くように指示する。
「あぁ……アンプルに入った薬剤の色や症状から調べたが、残念ながら該当しそうなものは存在しない……」
「んな、馬鹿な……だったら本当に毒なのか?そもそも耐性のないお前がなんで生きてるんだよ?」
クラピカは旅団に会ったと言う。
確かに体の傷は拷問のそれだ。まだまだ生ぬるいのが少し妙だが、それでも奴らにやられたことは間違いないのだろう。
だが、クラピカが捕まったのだとしたら今どうして解放されている?クラピカが蜘蛛を憎んでいるように、奴らも鎖野郎を憎んでいるはずだ。捕まえて死にもしない毒を与えて、そのまま放ったらかしなんてどう考えてもおかしい。
「おい、症状って具体的になんだ?熱や不整脈以外に何かあるか?手足のしびれは?意識ははっきりしてるか?」
「症状はただの酷い風邪と変わらない。ただ……それが日に日に悪化していくような感じだ」
「日に日にって、お前一体いつから、」
「4日前だ……そして、私にはあと3日しか残されていない」
クラピカは初めてそこで少し笑った。笑って、次に眉を顰めた。「……憎い、あの男が、とても憎い……」荒い呼吸の合間に紡がれた言葉は、ただの呪詛のようでもある。
3日しか残されていない、という意味がわからなくて、キルアとレオリオは互いに顔を見合わせた。
「……この毒は、1週間後に全身に回って死ぬ。そのタイムリミットが3日だ」
どさり、とビニール袋が床に落ちる重い音がした。
「うそ、でしょ……?」
ハッとして戸口の方へ視線を向けると、そこにリアが立ち尽くしている。彼女はこれ以上ないほどに目を見開いて、唇をわなわなと震わせた。
「うそ、だって……そんな……」
「嘘ではない……『まだ』3日ある。最後に奴らの誰かにでも鎖を刺すことが出来れば……死者の念として、復讐を果たすこともできる」
だから私には時間がない。
そう言い切ったクラピカは、本当に復讐のことしか頭にないようだった。彼がどこか浮ついて見えるのは高熱のせいだけではないのだろう。
「諦めんなよ、オレが治してやる!オレは医者になる男なんだぞ!」
「そうだぜ、毒だってクラピカが見つけられなくても俺なら……!」
「ごめん、遅くなって。他にも色々食べられそうなものとか買ってきたよー!」
─クラピカ大丈夫?
そんなことを言いながら戻ってきたゴンは、何も知らずにクラピカの枕元に腰をおろす。
心配そうに、それでいて無邪気に問いかけるその様子に、誰しもが声をかけられなかった。
「あ、あのな、ゴン……クラピカは、」
どうせ真実を告げなければならないのに、たった一言のそれを言うのにものすごく時間がかかった。
[
prev /
next ]