■ 43.敵への信頼
クラピカからの連絡が途絶えたことに、キルアは1人焦っていた。
クラピカのことだ、最初はまた面倒になって忘れているのかと思ったが、今回に関しては1日も連絡を欠かしたことはない。たとえそれが着信履歴だけだったとしても、唯一の無事を確認する方法だった。
「何かあったのかもしれない」
「そんな……」
リアはそれを聞くなり、さっと青ざめる。だが言った方のキルアも事の深刻さは痛いほど感じていた。なにせ相手はあの蜘蛛である。実力はともかく、相手は集団。一人で挑むにはやはり厳しすぎたのだ。
リアは脱力したようにソファーに座り込むと、どうしよう、と呟いた。ヨークシンから離れて、彼女はすっかり痩せてしまったと思う。ゴン達の前では笑っていたけれど、それも無理をしているのだとわかっていた。
「行くに決まってるだろ」
行くしかない、ヨークシンに。そして探すしかない。もう隠し事をするのは限界だった。
「ゴン達には、私から言う……」
彼女はふらふらと立ち上がると携帯電話を手に取る。今はキルアだけが、別の用事だと偽って彼女の所を訪れていた。「キルアも後からもう一度来て」それは彼女なりの気遣いだったのかもしれないが、返って迷惑だと思った。いつだってどいつもこいつも自分で背負おうとして、それが気に入らない。
「嫌だね、黙ってたのは俺も同じだし」
「……」
「いいからさっさと呼べって」
わかった、と渋々頷いたリアは、ぎゅっと携帯を握り締め、耳に当てる。祈るようなその横顔からは、彼女が本当にクラピカのことを案じているのだとよく伝わってきた。
「あ、ゴン。あのね、どうしても大事な話があるの……」
今すぐ来て、と言ったリアの瞳は、鮮やかすぎる程の緋色だった。
※
「チッ、もといたぶてやればよかたよ」
そう言って、明らかにフェイタンは不満そうな態度を露にする。だが、不満なのはフェイタンだけでなく、わざわざ言わないだけで他の団員もそうなのかもしれない。
特にウヴォーの件があるノブナガは、鎖野郎を殺すと言って聞かなかった。
「なんでなんだよ、団長ォ!あいつは、あいつはウヴォーやパクを殺したんだぞ!?」
「あぁ、わかっている、だからこそだ」
「意味分かんねーよ!毒で死ぬなんて!ウヴォーの墓になんて言ってやればいいんだ!?お前の仇は毒がとってくれたぜ、ってか!?ふざけんなよ!」
「ちょっ、ノブナガ。アンタもいい加減にしなよ」
ノブナガが激高するのは決まって仲間に関してのことだった。もちろん、クロロはこのことも想定済みである。クロロの決定に団員が不満をおぼえることも、初めから全部わかっていた。
わかったうえで弁解をしなかった。
「俺はあいつの後を追うぜ。何がなんでもこの手で殺してやる!」
「あぁ、好きにしろ。他に納得の行かない奴も、殺しに行っていい」
鎖野郎だって馬鹿ではない。たとえ満身創痍だとしても1週間身を隠す術くらいは、身につけたはずだ。前回会ったときより奴は確実に強くなっていたし、だからこそ万一を考えて団員たちには単独行動を避けろと言った。
クロロの言葉に、フェイタン、そしてフィンクスが黙って立ち上がると出て行く。後に残った団員は特に自ら動く気はないようだった。
「……団長さ、何か俺達に隠してるでしょ」
そんな気まずい雰囲気を、なるべく明るい声音で打ち破ったのは他でもないシャルだ。
クロロはちらりと視線を向けると、そうだな、と頷いた。
「欲しいものがある。蜘蛛としての自分を考えたとき、どんな手を使ってでも手に入れるべきだと思った。鎖野郎はそのために利用させてもらう」
「だったらあいつらを止めないと。毒が回る1週間前に殺されるかもしれないよ」
どうやら流石にシャルは冷静に物事を見ているらしい。いや、時にこの冷静さは残酷だった。クロロは彼が拷問の際『鎖野郎の大事な人間を目の前で殺すのはどうかな?』と提案していたことを知っている。その方がきっともっと、苦しいよ。緋の目だって綺麗になるし一石二鳥じゃないか、なんて。
鎖野郎の大事な人間、と言う言葉に真っ先にリアが浮かんだクロロは、その嫌な想像を頭から打ち払った。
「その時はその時だ。俺にあいつらを止める権利はないからな」
「……ま、そうかもね。どのみちあと1週間の命なんだし」
─1週間もあれば十分だ……貴様は私を解放したことを、じきに後悔するだろう
どうしてあの時殺しておかなかったんだとな……
奴の瞳にこもった光は怒りや憎しみを通り越してもはや怨念のようだった。だからこそ、クロロはどちらでもいいみたいな口ぶりをしながら、鎖野郎が団員の手にかからないことを確信していた。
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