- ナノ -

■ 41.仇とふたり

「さっさと殺せばよかったのに」

不服そうな口ぶりは、内容さえ気にしなければとても子供らしいものだった。いつもは喧嘩ばかりしているフェイタンもこれには賛成のようで、詰まらなさそうにそっぽを向く。しかし『鎖野郎に出会っても生け捕りにしろ』というのが団長からの命令だったため、なんとかフィンクスが二人を止めたのだ。もしも団長の言葉が無ければ、本当はフィンクスだって鎖野郎を殺してやりたいのである。

「お前らなー、団長の話を聞いてたのか?フェイも単独行動するし、面倒見きれねーよ。俺はお前らの親父じゃねーんだぞ」

気絶した鎖野郎を肩に担ぎ、これ見よがしに溜息をつけば、小柄な二人は下から睨みつけてきた。

「気持ち悪いね」「僕のお父様はもっと素晴らしい方だから」

まったくもって可愛げのない奴ら。まぁカルトはともかく、フェイタンに可愛さなど必要ないのは言わずもがなだったが。

とにかく、フィンクスは隙あらば攻撃しようする二人を押しとどめ、アジトまで鎖野郎を運ばねばならなかった。憎い仲間の仇を守るだなんて自分でも馬鹿げているとは思ったが、団長の言葉は絶対であるし、正直ここであっさりと殺してしまうには物足りない。他の仲間も、自分たちの知らないところで仇を取られてしまっては面白くないだろう。

「こいつの拷問はワタシがやるね」

「ずるい、僕にもやらせてよ」

「そういや殺し屋の家では拷問もやるんだたね。お手並み拝見といくよ」

けれども二人の会話を聞いて、少しだけ鎖野郎に同情をする。強化系のフィンクスには拷問なんてねちねちといたぶるようなやり方は、あまり性に合わなかった。






「起きろ」

「……」

「ささと起きるね」

ばしゃり、と頭から冷水を浴びせられ、混濁した意識が澄んでいく。鎖が床に擦れる金属音は残念ながら自分の具現化したものではなく、クラピカはゆっくりと顔を上げた。

「どうだ、気分は」

落ち着いた低い声が、とにかく耳障りだった。侮蔑するわけでもなく、同情するわけでもない。気分なんて良いわけがなかった。全身がずきずきと痛んで、傷口に水が染みていく。かろうじて声はあげなかったものの、ただの水ではなく塩水だというところが堂に入っているとさえ思った。

「……無駄な会話をするつもりは、ない」

どうせ奴らがクラピカから引き出したい情報などないだろう。つまりこの拷問はいたぶることだけを目的として行われている。既に幾多の責苦は行われたがどれもクラピカを殺すには至らない、彼らからすればお遊び程度のもののはずだった。

クロロは繋がれているクラピカの前に木箱を置くと、黙ってそこに腰かける。いつの間にかクラピカを責めていた小柄な男はいなくなっており、冷たいコンクリートの部屋には二人しかいなかった。
同胞の仇と二人きり。それは今お互いに当てはまることだ。しかしクラピカは無力で、目の前のクロロは簡単にクラピカの命を奪える。

「そうか。俺はお前と話したいことがあったんだがな」

クロロは俯くクラピカの顎を持ち上げると、その瞳をしっかりと合わせてそう言った。

「……ふむ、やはりリアとは少し色が違うようだ」

「離、せ…その手で触れるな……!」

逃れようと首を振れば、かしゃかしゃと無力な鎖の金属音が鳴る。こんな鎖くらい、と思えども、全身に力が入らないのだ。クロロはまるで不協和音だと言わんばかりに眉をしかめると、そっと手を離した。

「ウヴォーのことは前に聞いたな。お前が屠った大男のことだ」

「……」

「ではお前との交渉に応じた、パクノダという女を覚えているか?あの後、パクは死んだ」

クロロは一方的に話しはじめると、そこで少し間を置いた。こちらの反応を伺っているのかもしれない。「……それはあの女がルールを、自分で破ったからだろう」それでもクラピカは言い訳せずにはいられなかった。ヨークシンで取引した時も、事実彼女の仲間を想う心には戸惑ったからだ。

「そうだな、確かにその通りだ」

「……何が言いたい?私の罪悪感を刺激するつもりなら大間違いだ……私は、お前たちが皆死んで当然だと思っている」

「いや、別にそういうわけではない」

クロロは今度は自分の顎に手をやると、考え込むような素振りを見せた。
そちらから話したいと言い出したくせに勝手な奴だ。痛みも苦しみも与えられなかったが、もどかしさと苛立ちが確実にクラピカを内部から苛んでいく。「先日、二人の墓参りに行ってきたんだ」けれどもそんなクラピカの気も知らないで、クロロはまるで世間話をするみたいに話を続けた。

「そこで考えた。俺にとっての蜘蛛は何か、と。蜘蛛として俺はどう生きるべきなのかと」

「……」

「お前はどうだ、鎖野郎。お前にとってのクルタ族とはなんだ?お前はクルタ族としてどう生きるべきだと思う?」

投げかけられた問いは、クラピカにとっては明白すぎるものだった。そしてそのような生き方を強いたのは、一体誰なんだと逆に聞き返してやりたい。

今は髪から滴る雫さえも憎かった。泣いているみたいで無様な自分が、どうしても許せなかった。

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