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■ 40.仲間の肉親

狭い路地では、圧倒的にクラピカの鎖は不利だった。利点である射程距離をあまり生かすことができず、どうしても近接戦闘を強いられる。そしてそれに加えて旅団の男はとても動きが素早かった。念の系統は定かではないが、少なくとも具現化であるクラピカよりは打撃による攻撃に優れているだろう。

だが、クラピカとて初めからこの場で戦闘になることは想定済みだった。逆に言えば、この路地の構造は嫌というほど把握している。
まっすぐに懐へと飛び込んでくる男を間一髪でかわし、クラピカはより奥の狭い所へと進んだ。

「ハハ、もう逃げるか?用があるのはこちも同じよ、鎖野郎」

傘に仕込まれた細身の刀の、風を切る鋭い音が耳に届く。それは時折鎖とぶつかって、派手な金属音を立てた。「お前にはいろいろと団員が世話になてるからね」そう言ったわりに男はこの戦闘を楽しんでいるように見えた。

チェーンジェイルを発動させるには余程相手の隙を突かねばならない。そうでなければ、鎖が刀をはじくように、刀も鎖をはじくだろう。しかし完全に無からクラピカが生み出しその細かい動きまで操作している鎖と、あくまで物理法則に従うしかない刀ではどうしても細部の動きに差が出る。特に狭いところに行けばいくほど男のスピードは殺され、その技は思うように披露されなかった。

「チッ……」振り払った刀の柄が壁をこすり、どうやら男の方もそれに気が付いたらしい。クラピカの鎖は意思を持った生き物のようにうねり、器用に男の攻撃をかわすとその肩口に重い打撃を与えた。やったか。

ぐらり、と男の身体が後方にのけ反り、クラピカは続けざまに攻撃を加えようとする。念でガードしていたとはいえ、至近距離から利き手へ攻撃を受けたのは男にとっても痛手だろう。チェーンジェイルを発動するなら今しかない。そう思って、狙いを定めた瞬間だった。

「……なっ!」

ぱしっ、と乾いた音がして、目の前で右手から左手へと飛ぶ刀。持ち変えるあまりの速さに、身体が追いつかなかった。きらり、と刀身が煌めき、のけ反った不安定な体勢から繰り出される刃。それは丁度クラピカの利き手、右肩のあたりを深く抉った。

「っ……!」

「これであいこね」

にやりと怪しく笑った男は、くるりと一回転して地面に着地する。しかし肩へのダメージはやはりあるようで、刀を左手に持ったまま持ち変えることはしなかった。

クラピカはすぐさま傷をホーリーチェーンで癒し、二人は互いににらみ合う。そして再び戦闘が開始されようとしたとき、

「おいおい、単独行動はやめろって団長に言われてたろーが」

頭上からかけられた声に思わず、空を仰ぐ。
建物の屋根からこちらを見下ろしている人物に、クラピカはハッとした。『団長』という言葉、そして黒ずくめの男に話しかける親しげな口調は、この男もまた蜘蛛のメンバーであることを示している。これは明らかに誤算だった。分が悪いことは明白である。そして2対1なだけでもクラピカには不利だったが、そこへさらにクラピカの気持ちを迷わせる人物が顔を覗かせた。

「貴方の尻拭いまでさせられるの、迷惑なんだけど」

「ハ、お前なんかの出る幕はないね。餓鬼はささと帰って寝るよ」

餓鬼、と称されただけあって、男と言い合いをしているのは歳の頃なら10くらいの子供。もしそれがただの子供ならばクラピカだってそこまでは驚かなかっただろう。しかしハンター試験後、キルアを迎えに行ったゾルディックの屋敷で、クラピカはその子供に出会っていた。

「お前は……!」

仲間の肉親。それが憎き旅団の団員と対等に口をきき、共に行動している。これは一体どういうことだろうか。冷静な思考はただ一つの答えを導き出していたが、クラピカはどうしてもそれを認めたくなかった。だが冷酷にも、闇のように濃い黒の着物を着た子供はクラピカを睨みつける。

「あぁ、どこかで見たと思ったら……お兄様の」

キルアによく似た猫のような瞳が、確かに憎しみで色づいていた。


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