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■ 39.蛇の道は蛇

昔のクラピカだったら、もっと情報を集めるのに苦労していただろう。ハンターライセンスを取る前はろくに身分すらないし、クルタの生き残りだと悟られてはいけないため、尚更だった。

しかし今のクラピカは、曲がりなりにも一つのマフィアの若頭。ネオンの占いが出来なくなったことで一時期弱体化はしたものの、今持ち直したのはそれだけ他の裏の仕事に手を出したからである。
しかも世界中からやみくもに蜘蛛を探すのではなく、今奴らはヨークシンか、離れていてもそう遠くないところにいるはずで、そうなればクラピカが手がかりを探すことは全く不可能ではなかった。


「悪いが、こっちだって商売だ。客の情報をそうぺらぺらとは喋れねーよ」

「……そうか。ではただ私は待たせてもらうとしよう」

「あんたな、いい加減に…っ!」

今はカラーコンタクトをしているため、クラピカの瞳は黒いままのはず。しかし睨みつけられた店主は身を固くして、思わずごくりと唾を呑んだ。
男にしては華奢な方だし中性的な顔立ちをしているため、初見では舐められることが多いクラピカだからこそ、交渉術は率先して身に着けた。

「裏口はどこにある?」

「……」

「答えろ。貴様の店で売っているものは全て把握している」

ここは非合法なドラックから暗器や拷問器具などを主に扱っている、いわば裏社会の人間御用達の店だった。実際、クラピカとて今やそっち側の人間だったが、同じ立場であるからこそこういった店がどのようにすれば潰れるのかも熟知している。「この前エリシオーネファミリーに、NGLから密輸されたDDを売ったそうだな。一体何割が正規品だ?」彼らが恐れているのは法や公的な組織ではなく、命そのものを狙われる危険だった。

「……店を出て、2軒隣だ。見た目にゃわからねーが内部でうちと繋がってる」

「そうか、邪魔をしたな」

冷や汗をかき、青ざめた店主には恨みはない。
一旦店を出て、言われた通り裏口へと回り込んだクラピカは、丁度こちらから出口が見える位置で身をひそめた。この店に目を付けたのは、とある筋から旅団員らしき人物がこの店に訪れるのを見たという情報を得たからだ。
前回のオークション襲撃事件で大体のメンバーの顔写真は世間に公開されている。それが今回、クラピカが蜘蛛を探すにあたってかなりのアドバンテージになった。

とはいえ、奴らがいつヨークシンを離れるかわからない以上、時間が無いのも事実である。リアをゴン達に託してから、既に2週間は経っていた。キルアに連絡を入れると言っても、実際に言葉を交わすわけでもなく着信履歴を残すだけ。互いの状況は全くもってわからなかったが、少なくともリアに危険が及ぶ可能性は低いだろう。

クラピカは暗闇のなか息を潜め、じっと対象が来るのを待った。何日かかるかは定かではないし、もっと言えば来ない可能性もある。だが今ある情報ではこの店に奴らが訪れる可能性が最も高く、賭けるならばここしかなかった。
そしてもしもターゲットが単独ならば捕獲のうえ情報を聞き出し、複数ならば尾行。
実際に仇を目の前にしても冷静でいられるかどうかがすべての鍵だったが、同時に自在に緋の目を発現させられねば勝機は薄いだろう。

クラピカは故郷の村を脳裏に思い浮かべ、ぐっと拳を固く握りしめた。






店を見張り始めてから、丁度3日目のことだった。

クラピカはいつもの場所で、いつものように息を潜めてただターゲットが来るのを待ち構えていた。
昼間に奴らが訪れる可能性はきわめて低い。つまりは夜だけ見張ればいいのであって、身体への負担は当初想定していたほどのものではなかった。それでも、長時間神経を張りつめさせているのは肉体の疲れとはまた別の疲労を引き起こす。

しかしとうとう奴らの一人が店から出てきたのを目撃した瞬間、一気にそのような疲れは吹き飛んでしまった。

「……」

極限まで気配を殺し、目の前の男の一挙一動を凝視する。黒ずくめの服を着た小柄なその男は、一見子供のようにも見えるが纏うオーラが明らかに普通の人間のそれではない。手配書にもあった、紛れもなく蜘蛛の人間だ。
クラピカは飛び出していきたい気持ちをぐっとこらえ、他に仲間がいないかどうか確認する。見たところ単独のようだ。それなら捕獲ということになる。

歩き出した男の後を、クラピカは慎重に尾けた。今までに何度もあの店から裏口を利用して出てきた人間を見ているが、その中の誰とも違い、あたりをきょろきょろと伺う素振りすら見せない。
既に右手には鎖を具現化済みでいつでも発射可能だったが、無防備にすら見える男には全くと言って隙が無かった。


「…そちから来ないなら、ワタシから行くよ」「……っ!」

路地の曲がり角。
立ち止まった男は振り返って細い目をきゅっとさらに細くした。それが笑っているのだと気づくまでに時間がかかったが、やがてクラピカは覚悟を決める。どうせあれだけの手練れを相手に、この距離で気づかれずにいることは不可能。尾行ならばもっと距離を空けたが、捕獲のためには鎖の射程距離内に近づく必要があった。

「どした?まさか気づかれてないと思てたか?」

「……いや、そうではない。が、念のため確認しておこう」

クラピカは覚悟を決め、ゆっくりと姿を現した。月の綺麗な晩だ。確か前に旅団の大男と戦った時も、こんな満月が頭上に輝いていた気がする。
相手は依然として両手を服の中に隠したままだったが、それこそ暗器を忍ばせているのかもしれなかった。

「なんね?こちはお前が誰だて気にしないよ」

「……緋の目を持つ、クルタ族のことを覚えているか?6年ほど前、お前たちに襲われた……」

この質問は前にもしたし、今更返ってくる答えにも期待してはいない。第一、パクノダとか言う団員が既にクラピカの容姿を伝えて絶命しているため、め目の前の男はクラピカが何者であるかわかっているはずだ。が、それでも、クラピカは聞かずにいられなかった。むしろ知らないと涼しい顔で言われた方が心置きなく全力で戦えると思った。

「さ、知らないね」

案の定、男はクラピカの期待通りの返事をした。それだけではなく、こちらを挑発するように口角を上げる。

「簡単に殺されるような弱い奴、覚えとく必要もないね」

それが戦闘開始の合図だった。


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