- ナノ -

■ 38.関係ないなんて

リアが泣いて出て行ったあの日から、クロロはアジトの自室に引きこもっていた。
実際、読書にふけることが多いクロロにとっては、このようなことはさして珍しいことではない。
しかし流石と言うべきか、付き合いの長い団員たちは皆、クロロの気分が暗澹としていることを一様に感じ取っているらしかった。

そして感じ取っていてなお、そっとしておいてくれているようだ。いつもなら誰かしらが顔をのぞかせに来るところが、気味が悪いくらいにぴたりと音沙汰がない。きっと向こうも原因がわからずどうしていいかわからない部分もあるのだろう。リアのことは団員たちに話していなかったし、そもそもクロロ自体がこんな形で閉じこもることが珍しかった。


クロロは深いため息をつくと、自室のドアノブに手をかける。いつまでもこうしていたって仕方がない。リアは鎖野郎を選んだ。冷静に考えれば至極当然の選択でもある。
第一自分は『クロロ』であるよりも前に『幻影旅団の団長』なのだ。個よりも蜘蛛を優先するということは、十数年前の結成時に決めたことではないか。

そのままホールに向かうと、残っていた数名の団員が顔を上げてこちらを見た。おそらくいつものオールバックにコートではなく、真っ黒なスーツに着替えていることに驚いているのだろう。普段着としてYシャツを着崩すことはあっても、正装をするのは久しぶりだった。勘のいい者なら、これからどこに行こうとしているかわかっただろう。

クロロは何か声をかけるべきかと口を開きかけ、言葉が見つからなくて結局唇をきゅっと結ぶ。それからゆっくりとした足取りでホールを通り抜けた。彼らが待っているのは説明ではなく、蜘蛛としての次の仕事の命令なのだから今は話すこともないだろう。
そしてそれを出すために、クロロにはどうしても行っておかねばならないところがあった。

「……すぐに戻る」

幸いにもここはあの因縁のヨークシン。確か、二人はここからそう遠くないところに眠っていたはずだ。前に団員の誰かが話していたのを覚えているから、たどり着くのは難しくないだろう。
本来ならば全員で参るべきだったが、この日クロロは一人でそこへ行きたかった。逆十字の墓標に自分が蜘蛛としてどう生きるべきか、それを問いかけたいと思った。






リアの護送を頼みたい。

クラピカがそう言いだした時、事情を知るキルアだけが、彼が本気で蜘蛛とやり合おうとしていること悟った。しかし、本人があえてゴンやレオリオに言わないものを自分が言ってしまっていいものか。
ちらりとリアの方へ視線を走らせれば、彼女は沈痛な面持ちをしていたものの特にクラピカを止める素振りはない。きっと彼女もキルアと同じで、彼を止められなかったのだろう。

どうやらノストラードでのクラピカの権力は相当なものらしく、彼の決定で彼らファミリーは別荘地のヨークシンを離れ、本拠地へと戻ることになった。リアの面倒はこれからもクラピカが見るから、ファミリーと一緒に移動するというわけだ。

「だが、私にはまだ少しヨークシンでやらねばならないことがあってな」

一足先に本拠地へと戻るリアをよろしく頼むと、彼は言った。

「おめーがヨークシンに残るってんなら、リアもここにいたほうが安全じゃねーか?」

「残念ながら、残ると言っても他マフィアとの交渉ばかりでな。屋敷をほとんど留守にしてしまうんだ。別荘とはいえ、交渉が決裂すれば襲撃される可能性も否めない」

「うぉ……随分と物騒だな、そりゃ」

レオリオのもっともな問いに、上手く返したクラピカはいつからか嘘をつくのが上手くなったと思う。嘘をつかない人間はいないけれど、少なくともキルアの知るクラピカは嘘をつくのを良しとしない人間だった。だが今はリアのために、彼女をヨークシンから遠ざける必要がある。嘘というよりも方便に近いのかもしれない。

「頼める相手は、ゴン達しかいなくてな」

「オレ達は別いいよ。そろそろどこか違うところに行ってみるのも面白そうだし、リアのことが心配だもんね」

「すまない、感謝する」

クラピカがほっとしたように息を吐くと、リアはそれにつられるようにして小さく頭を下げた。それは一見、ゴン達への感謝に見えるが、明らかに彼女はクラピカに詫びている。どうして誰も出会った当初のように、リアの口数が減ったことに気が付かないのだろう。

話はとんとん拍子に進んで、明日にもヨークシンから発つことが決まったが、キルアは最後にクラピカと二人で話しておかねばならないと思った。



「……一人でやるつもりなのか?」

帰り道で忘れ物をしたと嘘をつき、再びクラピカを訪ねたキルアは、開口一番そう尋ねた。リアはもう自室に戻っているみたいで、部屋に彼女の姿はない。窓際に立ち、視線を外にやったクラピカは、背中を向けたままはっきりとこう言った。

「無論。初めからこれは私一人の問題だ」

「……へぇ、都合のいい時は仲間って言うくせにな……」

キルアの言葉に、クラピカはゆっくりと振り返る。そんなことを言いたかったわけではないのに、思わず責めるような口調になってしまった。ゴンの時と言い、どうしてこいつらは皆肝心な時に『関係ない』と突き放すのだろう。『関係ない』キルアをあの暗殺一家の住処まで助けに来てくれたくせに、どうして自分のときは……。

「仲間だから、巻き込みたくない。そう考えるのはおかしいか?」

心を見透かされたみたいで、キルアは思わず返事に詰まった。その気持ちはわからないでもない。自分が鎖に繋がれ次兄に折檻されている時、ゴン達が来たという知らせは嬉しさと同時に不安をも感じさせた。自分の為に危険な目に合って欲しくない、そう思ったからだ。
キルアは険しい顔になると、目の前のクラピカをまっすぐに見つめた。これから危険に向かおうというクラピカの方が、穏やかに見えるのはなぜだろう。

「……じゃあせめて、連絡しろよ。詳しく状況を話せとは言わない」

「……わかった、約束しよう」

結局キルアにはクラピカの決意を変えることなどできなくて、そんな約束を取り付けるだけで精一杯だった。

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