■ 37.敵か味方か
「リア……!」
部屋に戻ると、出かけたときの姿のままクラピカはソファーの同じ位置に腰かけて待っていた。「…ただいま」恐る恐る声をかけると、彼は帰ってきたリアの姿を見るなり立ち上がる。そしてそのまま近づいて来て強い力で抱きしめられた。
「本当に帰ってきたんだな」
「…わっ……ごめんなさい」
誰かに触れられることに慣れていなくて、思わず小さな悲鳴が口から洩れる。リアの声を聞いてクラピカも我に返ったのか、身体を離して少し気まずそうに視線を泳がせた。
「すまない……リアのことを少し疑ってしまった。出ていって、もう戻ってこないかもしれないと思った」
「……」
実際、もしもクロロがクラピカの言ったことを否定していたら、リアがここにいなかった可能性はある。約束だから一度はここに戻るだろうが、その後はまたクロロに付いて行っていたかもしれない。
そんなことを内心考えたリアは全身で安堵するクラピカに素直に返事できなかった。
「とにかくもうあいつらに関わる必要はない。何があっても私が全力でリアを守ろう」
「……たぶん、クロロは何もしてこないと思うよ」
自分で言っておきながら、これじゃまるで庇っているみたいだ。だが、あるいは本当に庇っているのかもしれない。このまま単なる悲しい別れとして、リアは一刻も早くこの話が終わって欲しいと思っていた。
「そうとも言い切れないな。手放した途端にリアのことがまた惜しくなるかもしれない。それに私がここにいると知られている以上、向こうが復讐を考えていてもおかしくはない」
クラピカは苦々しげにそう言うと、形の良い眉を僅かに歪める。復讐、という言葉に、ああそうかとリアは悲しくなった。
もしかすると一度別れたクロロが再度リアに接触を行ったのは、クラピカのことがあったからかもしれない。リアから情報を聞き出して、クラピカに復讐するためだったのかもしれない。そう考えると何もかも馬鹿馬鹿しくなった。緋の目にしたって情報にしたって、自分そのものの価値を見てくれていないではないか。
クロロは変わっていないと言った。それがリアの知らなかったクロロの一面に過ぎないと。だが、今から思い返してみれば知らなかったのではなく何もかも偽りだったような気さえする。
「ごめん、私がぺらぺら喋ったせいで……じゃあ、ヨークシンから離れるの?」
信じたくはないがもしもクロロが復讐を考えているのだとしたら、ここに残るのは危険すぎる。もともとここはクラピカの属するマフィアの別荘に過ぎないし、リアはクロロが常人よりもはるかに強いことを知っていた。
「…そうだな、とにかくボスに進言して、リア達はこの場を離れるのが得策だろう」
「私たち…?クラピカは?」
「復讐の用があるのは何も奴らだけではない。現在旅団にどの程度戦力が戻っているのかは知らないが、それを調べるのを含めて私はここに残るつもりだ」
「そんな!クラピカ危険だよ、やめて」
今度はリアがクラピカの両腕をつかむ形になったが、もちろん彼はその程度ではびくともしない。びくともしないどころか却って穏やかな表情で、諭すようにこちらに微笑みかけた。
「心配は要らない。私だってみすみす殺られに行くつもりはないさ。リアの傍にいてやることはできないが、私がいなくてもゴン達が気遣ってくれるだろう。もちろん衣食住はこちらが」「そうじゃないよ!」
こんなに近くにいるのに、リアの想いは少しもクラピカに伝わっていなかった。穏やかな表情をしているものの、彼の瞳はきっとリアに向けられていない。今は蜘蛛への復讐で頭がいっぱいで、誰の言葉も届かないのだ。
本音を言えばリアはクロロとクラピカには戦って欲しくなかった。だが、今のクラピカの様子を見て、自分はどこまで行っても部外者なのだと痛感させられた。
「リアを巻き込みたくないんだ」
「……」
「もっと言えば、ゴン達も巻き込みたくはない。これは私と奴らの問題だ」
「クラピカ、」「荷物をまとめてくれ、行動は早い方がいい」
きっぱりと告げられた言葉に、リアはもう何も言えなかった。彼を掴んでいた手の力は抜け、だらりと横に垂れる。どうしてこうなったんだろう。誰が悪いんだろう。
いっそクロロともクラピカとも出会わなければ良かったのか。
彼が出て行った部屋で、リアはしばらく呆然としていた。どちらの敵にも味方にもなれず、宙ぶらりんな状態の自分が一番憎い。
きっと今鏡を見れば自分の瞳はこの上なく綺麗なんだろうと、自嘲めいた笑みを浮かべることしかできなかった。
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