- ナノ -

■ 35.淡々と

「……リアが関係していないのなら、ひとまず私は安心した」

本当に彼は心の底からそう思っているのだろう。ソファーに座り直し、声を荒げたことに対して謝るクラピカを、リアはどこか他人事のような気持ちで見ている。

正直、クロロに関しては彼の話を聞いて、心のどこかで合点がいったような気もしているのだ。
彼が只者ではないのはうすうす気が付いていた。よからぬことをしていると言うのも本人から聞いていたし、今更盗賊くらい別にリアは気にしない。
けれども『クルタ族を襲った』というその一点だけは、どうしても信じられなかった。

というのもリアがクロロを信用して、頼って、あまつさえ恋までしたのは、ひとえに彼がリアを物として見なかったからである。
そんな彼がただ薄汚れた自らの欲望のために、リアの同族を皆殺しにするわけがない。やるなら、真っ先にリアをやればいいのだ。

しかしそんなまだ半信半疑のリアをよそに、安堵したクラピカは同情の眼差しを向ける。

「心配するな、リアは悪くない。悪いのはあの男だ」

騙されていたんだ。

そんな言葉はクロロを信じたいリアにとって、慰めどころか、かえって残酷に響いた。

「もう関わるのはよせ。あの男はきっとリアの褪せない緋色の瞳を」「やめてよ!」

「リア……」

「やめて……騙されてなんか、ない…たとえクロロが幻影旅団でも、私は…私のことは……」

幸せだったあの日々を虚構だなんて言ってほしくない。
彼の笑顔も優しさも、全部嘘だったなんてことがあるはずない。

気がつくとぽろぽろと涙が頬を伝って、目の前のクラピカがハッと息を呑んだ。

「直接確認してくる…」けれどもそんなことはお構いなしに、立ち上がったリアは扉を目指す。

「おい、よせ。やめるんだ」後ろからクラピカが腕を掴んだが、渾身の力で振り払った。それはこんな力が自分にもあるのだとびっくりするくらいの力で、彼も驚いた顔をする。リアもしまった、と後悔したが、今更後には引けなかった。「お願い、放っておいてよ…」

これはリアとクロロの問題。聞きたいことは山ほどあるのだ。

本当にクロロは旅団なのか。そうだとしたらなぜリアと一緒にいるのか。そして『生きた褪せない緋の目の持ち主』を一体どう思っているのか。

「リア行くな、危険だ!」
「そうだぜ、そんな馬鹿なマネ、」

「大丈夫、絶対戻るから……」

キルアも立ち上がり、説得を試みようとする。しかし伸ばされたクラピカの手が掴んだのは、リアがいるように見せかけたただの空気だった。蜃気楼の念はいないものをいるようにも、いるものをいないようにも見せる。
きっとリアの念を知る二人なら、凝をめいっぱい駆使すれば引き留めることも不可能ではなかったろう。
けれども、「信じて」最後に届いた彼女の言葉に、後を追うことができなくなる。

聞こえたリアの声は、今にも壊れそうなほど震えていた。





貰った連絡先も、通話の履歴も全部処分してある。
だが指が覚えた数字を携帯電話に打ち込むと、すぐさま呼び出し音が響いた。

「…もしもし」

「クロロあのね、今から……会える?」

時間で言えばまだ早朝。クラピカたちとの会話があったと言っても、先ほど会っていたばかりだ。しかしクロロはまるでこうなることがあらかじめわかっていたみたいに、まださっきの場所にいると言う。

「すぐ行く……だから待ってて」

「わかった」

ここから少し離れているとはいえ、今は距離なんて気にならない。けれどもお洒落をして彼に会いに行った同じ道であるのに、一歩一歩踏み出す足取りが鉛のように重く感じられた。




「…遅かったな」

無言で中に入ったリアは、後ろ手で扉を静かに閉める。クロロの顔を直視することができず、彼に促されるまで席に着くことすらできなかった。

「…何か話があるんだろう?」

「……」

「それとも、俺から話したほうがいいか?」

クロロはいつも通り落ち着いた雰囲気で、ますますリアは混乱する。やっぱり彼は初めから何もかも知っていたのだろうか。
無意識のうちにワンピースの裾を握りしめていて、そこだけくしゃくしゃになってしまっていた。

「お前の仲間が言っていることは正しいよ」

「……」

「俺は幻影旅団の団長で、緋の目を奪った」

淡々と答えるクロロに、反省の色は微塵も見られない。いや、そもそもそんなことを彼に求めても何の意味もないだろう。
圧倒的な事実と避けられない現実だけが、リアの心に重くのしかかった。

そしてこれまた聞いたとしても無意味だとわかっているのに、それでも聞かずにいられなかった。
どうしてそんな酷いことをしたのか、と。

「どうして、か……。理由がいるとは思えないが、純粋に欲しかったんじゃないか?
それとも他に何か、リアが納得できるような理由が必要か?」

「…っ、クロロ……」

ようやく顔をあげて正面から見た彼は、言葉とは裏腹に穏やかな顔つきをしていた。それが逆に彼が本気でそう言っているのだということを感じさせ、リアは思わずゾクリとする。
こんなのはクロロではない。少なくとも自分の知っているクロロではない。

名前を呼ぶことで彼が前みたいに戻ってくれればいい。
そう思ったけれどリアの呟きは沈黙の中に埋もれて消えた。


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