- ナノ -

■ 34.避けられぬ詰問

取り合えずソファーに腰かけた3人を重苦しい雰囲気が包む。いつもの和気あいあいとした雰囲気はどこにもなく、どこかよそよそしさすら感じられた。

「……話って?」

沈黙に耐えかねてリアが水を向けると、キルアがちらりとクラピカを横目で見る。どうやらキルアは付き添いのようなものらしい。見られたクラピカはというと肘をついて顔の前で両手を組み、ふう、と深呼吸をした。

「……まずリアにひとつ、謝りたいことがある」

「謝りたいこと?」

「…昨日、いや先程だな、私はリアの後をつけた。そしてそこで誰と会っているか知ってしまった」

クラピカの告白は確かにリアを動揺させた。「え…そう、だったの……」しかしそもそもクロロの口止めさえなければ、リアは皆に話したかったくらいなのである。ばれてしまったことは誤算だったが、そうすぐに困るわけではない。要するにこの場の誰よりも事態を軽く見ているのがリアだった。

「いや、むしろ……皆に隠し事してて私こそごめんね。言うなって言われてたから…」

「そのことなんだ、リア」「え?」

しかしリアのあっさりとした白状に、クラピカはますます難しい顔になる。一瞬、自分が何か変なことを言ったかと焦ったくらいだ。

「……お前はあの男が何者なのか知っているのか?
知ってて、付き合いを続けているのか?」

彼の目の前で組まれた手は、今や固く強く結ばれていた。

「あの男って、クロロのこと……?クロロがどうかしたの?」

名前を出した途端、クラピカを包むオーラが揺れる。やはりクロロが言ったように彼の仕事は何かばれるとまずいものなのだろうか。けれども一応、クラピカだってマフィアだしキルアだって元殺し屋だ。偏見なんてあるはずもない。
リアが不安そうに尋ねると、二人は互いに顔を見合わせた。

「……知らないんだな、リアは。あの男が何をしたのか」

「……悪い人なのは知ってる。だから余計に皆に迷惑かけられないと思って……でも、別にクロロはそんな…」

「もう一度聞こう、具体的にリアは、あの男が何をしたのか知っているのか?」

詰問するような厳しい口調は、普段のクラピカからは想像できないもの。嫌でもこれが深刻な事態だということがわかって、リアは混乱して首を振るしかなかった。「……知らない」嘘ではなかった。

「……ならば、これから聞くことにリアはショックを受けるかもしれない。
だが先程我々も同じように衝撃を受けた」

「……」

「旅団の話をしたのを覚えているか?同胞を虐殺し、私の村を焼き払った、」

─それがあの男なのだよ。


クラピカの言った言葉がすぐには理解できなかった。


「……う、うそ」

やがて、痛いほどの沈黙を破ったのは自分の泣き出しそうな震えた声。

「嘘ではない」クラピカはまっすぐにこちらを見つめると、言い聞かせるようにゆっくりと言葉を発した。

「……そんなはずない、よ」

「リアも騙されていたんだ」

「違う!だって、クロロは私を、」

大事にしてくれたんだ。傍にいてくれたんだ。
一人ぼっちで周りの全てが敵に見えて、そんな心細い状態だったところを優しくしてくれた。

そもそも旅団がクルタの村を襲ったのは、リアとクロロが出会ったあとのはずだ。
もしもクロロがただ緋の目が欲しいだけの盗賊なら、真っ先にリアを殺しただろう。
彼はそんな酷いことをするような人ではない。何かの間違いだ。命を、瞳を、物扱いをしないで一人の人間としてちゃんと見てくれる人だ。

リアはいやいやをするように首を振る。信じられなかった。信じたくなかった。

けれどもクラピカもキルアも冗談だよ、なんて言ってくれない。

「…リア、気持ちはわかるが話を」「わかるわけないよ、クロロとは最近の付き合いじゃない、7年前から知ってるの!」

「7年……?それじゃあリアはクルタの村の襲撃のことを知っていたのか!?」

冷静でいられなかったのはどうやらリアだけではないらしい。身を乗り出したクラピカをキルアが抑え、リアはそこで改めて彼にとってもこの件は重大なのだと思い知らされる。黒のカラーコンタクトの下に薄く滲んだ緋色が彼の胸のうちの激情をよく表していた。

「どうなんだリア、答えてくれ!」

「……クルタのことは知らない。
ただ、7年前にクロロと出会って、2年ほど一緒に暮らしてた。その後のことは……」

「では今はどうなんだ?今、奴と繋がりがあるのはなぜなんだ」

「ヨークシンで会ったの、偶然…5年ぶりよ。
クラピカが前に調べた通り、ホテルで一緒に住んでいたのもクロロだよ……。
でも彼は……」

リアはクロロを擁護しようとして、自分が彼のことを何も知らないことに気が付いた。確かに最近はよく会話もするようになったけれど、彼はいつも肝心なことは教えてくれない。
あんなに高級なホテルで暮らさせてもらっていたって、結局自分は彼の職業すら知らないのだ。

そのことが『彼が幻影旅団かもしれない』という事実よりも深く、リアの心を傷つけた。


[ prev / next ]