- ナノ -

■ 33.緋色と銀色

迷いなく、街はずれの古びた家に入っていくリア。周りの荒れ具合からしておそらく空き家なのだろう。
彼女が入ってしばらくして、クラピカはそうっと窓から中を覗いた。中は薄暗かったが外見ほど荒廃してはいなさそうだ。
初め、この位置からではリアの後ろ姿しか見えなかったが、彼女は躊躇いなくフードを取り、中で座っているらしい人物に楽しそうに話しかける。

「あ、あのね。どう……かな?」

そして挨拶もそこそこにぱさり、と上着を脱いだ彼女は、先程見たばかりの黄色いワンピースを身に着けていた。「……今日買ってもらったの。それでクロロにも見せたくて…」もじもじとする彼女が少し横にずれて、座っていた人物の姿がこちらからでもよく見えた。


一瞬、誰だかわからなかった。

というのも例の黒いコートを着ておらず髪を下ろした姿でいると、本当にただの好青年のように見えたからだ。
しかし額に刻まれた逆十字とリアが呼んだ『クロロ』という名前。
間違えようがない。まさかこんなところで会うとは思わなかったが、あれは、あの男は……

クラピカは自分の瞳が紅く色づいていくのを感じた。頭に血が上り、視界までもが紅く染まったような気がする。固く握りしめられた拳には鎖が具現化され、もう何も考えられなくなった。

なぜリアが、なんてことはもはやどうだっていい。除念されたことはわかっているが、周りに他の団員がいないならばチャンスでもある。今こそ同胞の仇を取る。憎いあの男を殺す。無残に殺された同胞の復讐を果たすのだ。

クラピカはごくりと唾を呑んだ。いくら頭に血が上っていても潜り抜けた修羅場の数が自然と殺気を押さえ込む。はらわたは煮えくり返っていたが、神経は反対に研ぎ澄まされていた。

しかし、リアの頬に手を添えるクロロに狙いを定めたところで、そんなクラピカの左腕を引く人物がいた。


(…っ!なぜ、お前が)


痛いほどの力に思わずクラピカが振り向くと、視界に入ったのは月夜に映える銀髪。キルアは口の前で指を一本立てると、口パクで「落ち着けよ」と言った。

『離せ、蜘蛛だ。頭がいたんだ!』

『見たよ俺も。だけど冷静になれ』

素早く念文字で紡がれる言葉に、二人はにらみ合う。『お前は俺の尾行にも気が付かなかっただろ、それに今向こうにはリアがいる』クラピカは唇を噛みしめた。確かにキルアはプロだが、それにしてもこうして腕を掴まれるまで気が付かないなんてどうかしている。冷静さを欠いているのは自分でもわかってはいた。けれども目の前に同胞の仇がいて冷静でなんていられるものか。

『向こうはおそらく俺達に気づいてる。でも何もしてこないのは、リアがいるからだ。あいつからも事情を聴く必要がある』

『だがっ…!彼女がもし、スパイだったら?』

『お前は同胞も信じられねーようになったのかよ!』

その言葉に、がつんと殴られたような衝撃を受ける。そうだ、そもそもクラピカは彼女のことを心配して後をつけてきたのだ。
世間知らずの彼女が騙されてはいないか……だとすればあの男は、生き残った瞳の価値を嫌というほど知るあの男は彼女を利用しているに違いない。

クラピカが握りしめた拳をゆっくり開くと、具現化されていた鎖はすうっと消えていく。まだ怒りが収まったわけでも状況が好転したわけでもなんでもなかったが、キルアの言葉に耳を傾けるだけの余裕はできた。

『いいか、この場は一旦引け。向こうもリアを殺しはしない。酷い言い方だが、あいつの瞳は生きてるから価値がある。死んでただの緋の目じゃ他の物と大差ない』

キルアの言う通り、たとえ向こうがこちらに気が付いていたとしてもリアを手にかけるようなことはしないはず。
そもそもあのリアの様子じゃ、こちらのことは大なり小なり奴に伝わっているだろう。向こうは全てわかったうえで密会をしたりペンダントを渡したりと泳がせていたのだ。今更何か強硬手段にでるとは思えない。

『……わかった』

クラピカが渋々頷くと、キルアはようやくほっとしたような顔になった。
そして行くぞ、と迷いなく背を向ける。その背は年齢差もあり、自分よりかは小さいはずだったが、今はとても大きく頼れるように思えた。





コンコン、というノックの音。
明け方近くになって部屋に戻ってきたリアは、その音にびくりと肩を跳ねさせる。

「は、はい」

「…朝早くに済まない」

いつもならこんな時間に訪ねてくるはずのないクラピカに、リアは起きていることを取り繕う余裕もなかった。
服もワンピースを来たままである。慌てて上着を羽織ったが、それはそれで室内では不自然な格好だった。

「どうしたの……?こんな時間に」

「…話がある、キルアも同席していいか?」

「え?キルアも?いいけど……」

ここにいるずのない彼の名前に、いよいよ状況がわからなくなる。キルアはゴン達と近くのホテルに滞在しているはずだったが、クラピカが扉を開けると続いて彼が中に入ってくる。
二人とも険しい顔をしていて、リアは自然と身を強張らせた。


[ prev / next ]