- ナノ -

■ 32.綺麗になった

おふくろが前に使ってたことがあるんだ。わざわざブタくん…あー二番目の兄貴ね、兄貴に取り寄せさせて、結構お気に入りだった。アロマだか香水だか知らねーけど、特殊な香りだしどこかで嗅いだことあるなって思い出したんだ。


昼間聞いたキルアの言葉が、脳内に浮かんでは消えていく。
クラピカはいつものようにおやすみを告げた後、彼女の部屋の前で絶をしてそこに待機していた。


で、あれさ、こんなことは言いたくないけどかなりの値段がする代物だし、普通の店なんかでは売ってない。なんでも原料となる香草?がどこかの地方にしか生えてない希少種だとかで、取引自体制限されてるんだよな。ブタくんがぼやいてたよ。
まぁそんなことはどうでもよくて、だから俺が言いたいのは、そのリアの恩人ってひと……


これがただの金持ちでした、という落ちなら何も問題はない。けれども暇を持て余した金持ちの趣味は時として人間味すら欠き、残酷すぎるのだということをクラピカは嫌というほど知っている。
今彼女に親切にしてくれるのは、『生きた緋の目』の価値を弄んでいるにすぎなかったら?彼女がそんな醜い大人に騙されているのだとしたら?

確かめなければならない、と思った。
もしそれで本当にただのいい人なら、こうして夜中にこそこそ会う必要もない。
まだ自分が彼女にとって信用に足る人間でないと言うのなら、彼女が自ら紹介してくれるまでは待とう。けれどもやっぱりその前に、その人物の素性ぐらいは掴んでおかねばならない。

尾行なんて汚い、と思った。仲間にする行動ではないと。

しかしそれでも彼女が心配なことには変わりがなくて、今晩クラピカは彼女の後をつけることに決めたのだ。


そして神経を集中させていれば、そっと窓の開けられる音。
少し待って、クラピカはゆっくりとドアを開いた。

「……リア」

やはりそこに彼女の姿はない。わかってはいたけれど、言い表せぬ無力感がクラピカを襲った。
窓辺に近づいて下を見る。感傷に浸っている場合ではないのだ、早くしないと彼女をすぐに見失ってしまう。
凝でも僅かに見えるか見えないか。そんな消えてしまいそうな彼女を追って、クラピカは窓から飛び降りた。





リアは早くクロロに会いたかった。
それはまぁいつものことだと言えばそうなのだが、今日は特に。
買ってもらったばかりのワンピースを中に着込んでいると、ただ会って話すだけなのにデートみたいにワクワクした。

こんな女の子らしい格好をするのは両親が生きていた時以来だし、何より子供がおめかしするのとはまた意味合いが違う。
クロロは褒めてくれるだろうか、似合ってると言ってくれるだろうか。

想像しただけでなんだか気恥ずかしく、くすぐったいような気持ちになったリアは、普段よりも注意がおろそかになっていただろう。
少し離れて後ろをついてくるクラピカの存在には少しも気づくことなく、クロロの待つ密会場所へと急いでいた。


「お待たせ、」

「…いや、俺も今来たところだ」

空き家の古びた扉を閉めるなり、リアはフードを下ろして髪を手櫛で整える。とにかく頭の中はお洒落をしたことでいっぱいで、クロロがしばらく閉まったばかりの扉を見つめていたことにも気が付かなかった。「あ、あのね」そしてドキドキしながら、上着を脱ぐ。「どう……かな?」リアにしては直球過ぎる聞き方だったが、とにかく今日ははしゃいでいたのだった。

「珍しい格好をしているんだな、とても似合っている」

「…今日買ってもらったの。それで、クロロにも見せたくて……」

自分から見せたくせに、あまりまじまじと見つめられると照れてしまう。クロロはよくリアを子ども扱いするから、少しでも大人っぽく見せたかった。

「いい趣味だな。可愛いらしい」

「……っ、あ、ありがと」

「そう照れるなよ」

恥ずかしさから思わず俯いてしまうと、ひんやりとしたものが頬に触れる。冷たいそれはクロロの指先で、そのまま顔を持ち上げられてばっちりと目が合った。

「ク、クロロ…」

「綺麗になったな、リア」「え……」

その『綺麗』は瞳のことを表しているのではない。リアは意味がわかるなり、一気に体が熱くなるのを感じた。けれども恥ずかしくて逃げたいのに、金縛りにあったみたいに体が動かない。しかし至近距離で見たクロロの黒い瞳にリアはしっかり映っているのに、彼の意識はどこか別の場所に向けられているような気がしてならなかった。

「……固まるなよ。からかってるわけじゃない」

「う、あ…ごめん」

「まぁ座れ。今日は何の話をしようか」

わざわざ立ち上がって椅子を引いてくれ、リアは大人しく席に着く。一瞬後ろから肩に手が置かれて内心ドキリとしたが、クロロもそのままリアの正面に座った。

「じゃあその買い物に行った話でも聞かせてもらおうかな」

「うん」

今日の密会が二人きりでないことに、リアは気がついていない。
ただクロロだけは常に外の気配に意識を向けて、時折彼女の話に相槌を打つのだった。

そうして夜は更けていった。


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