■ 31.香りの変化
「来たよーリア」
「あ、皆!」
最近はリアの体調を気遣って、ゴン達が遊びに来るのは3日に1度くらいのペースになっていた。
実際、彼らも遊んでばかりいるわけにはいかず、今は次の旅の目的を相談しつつお金を貯めているらしい。ゴンは元々の目的である父親との再会を果たしたそうで、次はその父が目指す『外側の世界』の情報を集めていると言っていた。
正直、リアには『外の世界』なんて夢のまた夢だったけれど、彼らがキラキラとした瞳で語る話に耳を傾けるのがとても好きだったし、話をするだけで自分も旅の一員になったみたいで楽しかった。今ではゴンの元気な声を聞くと、まるで子供みたいにうきうきしてしまう。
「あれ、なんだかリアいい匂いがするね」
しかし今日は挨拶もそこそこに、部屋に入って来るなりゴンがすんすんと鼻を動かす。「え……あ、うん」部屋に充満するほどそんなにこれは香るだろうか。リアは無意識のうちに胸元のペンダントを握りしめていた。
「リアに似合ってる。香水?」
「…うん、そんなもの」
本当は皆に自慢したいくらいだったけれど、手に入れた経緯を話すわけにはいかないので曖昧に微笑む。香水と聞いたレオリオが流石女の子だなぁなんて感心する一方で、案の定キルアは怪訝そうな顔をした。
それもそのはず、リアがこんなものを持っているはずがないし彼らと一緒に買い物にも行っていないからだ。仮にもしクラピカから貰ったのだとすれば素直にそう言うだろうし、出所がわからないものを怪しんでも無理はない。
リアは外せばよかったかな、と後悔したが、せっかくクロロに貰ったプレゼントを肌身離さず持っておきたいという気持ちもあった。
「そういや、リアもお洒落とかするんだよね。
じゃあたまには買い物に行く?」
「そういやって失礼だろ。だいたい何買うんだよ?」
「えーなんだろ。ミトさんだったら、何喜んでくれるかなぁ」
うーんと悩むゴンの申し出はありがたいが、買ってもらってばかりで気が引ける。
そもそもここに居候させてもらっている時点で、ある程度の衣服や生活必需品は提供してもらっているのだ。
しかしゴンはかなり乗り気なようで、行こうよリア、とにっこりと笑った。
「でもよ、行くなら行くでクラピカに言っておかねーと」
「そうだね、心配かけちゃうし」
結局、リアが遠慮をする前にとんとん拍子に話が進み、レオリオがクラピカに連絡を入れる。
こうなってしまっては今更後にもひけず、彼らに急かされるままに出かける支度をすることになった。
「たまにはお出かけしないと、身体に毒だよ」
「……うん、そうだね」
確かに昼間に外に出るのは、随分と久しぶりなような気がした。
※
レオリオから連絡があって、これからリアと買い物に行くと言う。
それを聞いたとき、珍しい話だなとは思ったけれど、皆が付いているなら問題ないだろうとも思った。
しかし、問題が無いのは危険、という意味でだけ。ここ最近の彼女の様子を不審に思っていたクラピカは、自分も同伴しようと言い出したのだ。
「お前、仕事はいいのかよ」
「問題ない。たまには私にだって休息が必要だ」
「かぁーっ、まさかそんな言葉がクラピカから聞けるとは思わなかったね。
リアのためならってことかよ、熱いねぇ」
「冗談は顔だけにしてくれないか」
からかってくるレオリオを横目で睨みつけ、ふうと溜息をつく。クラピカ自身、昼間にこうして買い物なんかに出かけるのは久しぶりのことで、日の光が眩しく感じられた。
それにしても……。
「うん、それとってもいいと思うよ!」
「え……そうかな」
身体の前にワンピースをあててそわそわとするリアに、彼女はあんなにも生き生きとした表情をするようになったのだなぁと感慨深く感じる。
外を歩くときの彼女は完全に盲目のふりをすることもあるが、物を見る時はフードを被ってその隙間から商品を見て回るのだ。だから日常生活ではほとんど上着で中の服は隠れているし、ましてや動きにくいスカートの類は持っていないのだろう。
「私が贈ろう」
ゴンの言う通り、その淡い黄色のワンピースはとてもよく彼女に似合っていた。
「……いいの?」
彼女の手からやんわりとワンピースを奪うと、躊躇いがちにそんな質問が向けられる。
「あぁ、今日はそのために来たんだからな」どうせ大したブランド物でもない。たった一着のワンピースにそれほどまで気を遣ってくれなくてもよかった。
「嬉しい……ありがとう!」
「他にも欲しいものがあれば遠慮はいらない。
リアもこういうものに興味がある年頃だろう。何かないか?例えば……アクセサリーとか」
そこでペンダント、と言えなかったのは自分の弱さであるような気がする。幸いにも彼女はこちらの意図に気が付かなかったみたいだが、そんなに貰ったら悪いよ、と首を振った。
「遠慮すんなって。ぜってーこいつお金山ほど持ってるぜ。なにせ使うあてがないからな」
「私は貴様と違って、しっかりと働いているからなのだよレオリオ」
「うっせー。俺はまだ学生なんだよ」
下らないやりとりにふふ、と笑った彼女はいったい何を隠しているのだろう。香りが変わったこともその原因が彼女の身に着けているペンダントのせいであることも、クラピカはとっくに知っていた。
しかしその出所について詳しく尋ねることはできないままだった。
「これは私が持っておくから、他の所も見てくるといい」
「よし、じゃあオレはりきってリアに似合いそうなもの探すね!」
「俺のセンスだってなかなかだぜ。あ、あと値段の交渉なら俺に任せな」
「それは遠慮しよう」
ゴンとレオリオはリアを連れて、さっさと他の所を見に行ってしまう。
それを微笑ましく思いながらも、心のどこかで引っ掛かりは残ったままだった。
「……気づいてんだろ、クラピカ」
ややあって、つまらなさそうに店内を見渡したキルアは少し声を落としてそう聞いてきた。「…あぁ」彼が何のことを言っているかは聞かなくてもわかる。
しかし何と返したらいいのかわからなくて、クラピカは曖昧に返事するほかなかった。
「お前の予想では誰だ?」
「……推測で物を語るのはよくない。
よくないが、あのペンダントの送り主はリアが一緒にホテルに泊まっていた人物だと思っている」
「聞かねーの?」
「……彼女は前に、その人はお世話になった人だと言っていた。だから心配はないだろう」
キルアが危惧しているのはリアの存在を知っている人間が他にいることに違いなかった。
それは確かにクラピカも心配するところではあったが、ゴン達のように緋の目を受け入れてくれる人間がいないとも限らないし、現に彼女は誘拐されたりなどしていない。
リアに深入りして拒絶されるのを恐れている、そんなことはたとえ少しでも思われたくはなかった。
「……なら、いいけどさ。
でも、クラピカは知らないと思うけどあの香り……」
─表の市場には出回ってない、レアものだぜ。
それはゾルディックである彼が言うからこそ、説得力のある言葉だった。
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