■ 29.寝不足
その日を境に、リアとクロロは密会を重ねるようになった。とはいえ、密会と言ってもただ夜に会ってとりとめのないことを話すだけである。
離れていた月日の間にあったことから最近のことまで、クロロが行ったという異国の話もたくさん聞いた。
おそらく一緒に過ごした期間の中で、これほどまで彼と話したことはなかっただろう。
そしてクロロとこうして会話をすることは、ずっとリアが望んでいたものだった。
「…リア、」
「……」
「おい、リアってば」「え?あ、ごめん…」
しかし、夜に出かけていることは他の皆に内緒。
そのため昼に睡眠をとるわけにもいかず、クラピカと話をするために本も読むので、リアはぼーっとすることが多くなっていた。
「何してんだよ、お前の番だぜ」
キルアが早くとれよ、とトランプを差し出す。「うわ……」適当に真ん中にあったものを取って見てみると、派手な格好をしたピエロが描かれていた。
「え、リアのとこにジョーカーいったの?やだなぁ」
「お前なー、リアクションしたらバレるだろ」
リアの反対側の隣に座るゴンが、どれにしようーとこちらの手札を悩ましげな顔つきで眺める。前でシャッフルしては目で追われてしまいそうなので、わざわざ体の後ろで混ぜ合わせてもう一度ゴンの前に差し出した。
「ゴン、お前引くなよ。こっちに回ってくんだろが」
「わかってるよ、けど……うーん」
教えてもらったこのゲームは、同じ数字のペアを捨てていきジョーカーを最後まで持っていた人が負けというもの。いい加減皆が大富豪に飽きたので最近はこればかりしているが、いつも肝心のクラピカは仕事でいない。
いつまでも迷っているゴンを微笑ましく待っていると、また欠伸がでてしまいそうになった。
「……おい、やっぱ黙ってようと思ったけど一旦終了だ」
「え?」
こっそり欠伸を噛み殺していると、突然、トランプを置いたレオリオが難しい顔をしてこちらを見る。何事かと思って全員が注目すれば、彼はびしりとリアを指さした。
「リアお前、寝不足は体に悪いぞ!」
「えっ、え…うん」
「俺らに気ィ遣ってないで寝たい時は寝ろ。お前どうせクラピカと話すんのに、夜遅くまで本読んでんだろ」
まったくあいつもリアに無理させやがって……と怒るレオリオに、違うの!と思わず慌てる。しかし違うと言っても理由を説明するわけにはいかず、結局リアは黙るしかなかった。
「ほら寝ろ!だいたいその歳になっても自己管理できねーなんて情けねーぞ」
「ごめん…ありがとう」
流石に医者を志しているだけあって、レオリオはもっと早い段階からこちらの状態に気づいていたらしい。それでもきっとリアが楽しんでいるのもわかっていたから気にかけつつも黙っていてくれたのだろう。口は悪いが、レオリオの優しさが身に染みてリアは温かい気持ちになった。
「そっか、自分があんまり寝なくていいから忘れてたな」
「ごめんねリア、無理につき合わせちゃって」
「ううん、私こそ体力無くてごめんね」
確かにこんなことを繰り返していたら、遅かれ早かれぶっ倒れていただろう。
密会の頻度を減らせばいいだけなのだが、頻繁に会わなければまたクロロがいなくなってしまうような気がしたし、クロロも頻繁に会いたいと言ってくれる。そういう訳だから今はとにかく皆の気持ちをありがたく受け取り、身体を休める方がいいと思った。
「つーか、こいつらに合わせてたんじゃ誰だって体力もたねーっての。
休みたい時は休んでいいんだぜ」
「ま、そういうことだね。今日はしっかり寝ろよリア」
「おやすみー」
帰っていく彼らにもう一度ありがとう、と言う。
実は今日もまたリアはクロロと約束をしているのだ。ごめんね、と一人になった部屋で呟いたけれど、これは別に悪いことをしている訳ではない、はずだ。お互いに迷惑がかからないようにあえて言っていないだけなのだ。
しかしいくらそう思っても、優しくされると罪悪感がリアの胸を締め付けた。
※
「おい、クラピカ」
「なんだ?私は仕事中だ」
今日もゴン達がリアに会いに来ていたのは知っている。けれども彼女が屋敷に居候していることは秘密であったし、だからこそ遊びに来る皆もこっそりと来ることが多い。
それなのに、廊下を歩いているとレオリオに後ろから呼び止められ、何事だろうかと首を傾げた。
「ゴン達はどうした?と、いうよりもう帰るのか?」
「二人は先に帰ったよ。ただ俺はお前に一言言ってから帰ろうと思ってな」
「……なんだ?」
感情が顔に出やすいレオリオは、どうみても既に少し怒っている。けれども全く心当たりのないクラピカとしてはただ彼の次の言葉を待つより他はなかった。
「リアのことだよ。
楽しく読書してお喋りするのは構わねーが、ちっとはあいつのことも考えてやれ」
「考える、とは?」
「あぁ?わかんねーのかよ、あいつの寝不足。悟られないようにしてるつもりらしいが、結構ふらふらだぞ。お前から本のペースを落とすよう言ってやれよ」
一気にそんなことをまくしたてられ、クラピカは一瞬言葉に詰まる。確かに彼女の状態には気づいていたし、クラピカ自身気を遣わずに寝るようにも言った。
しかし会うのは基本的に夜の薄明りの中でだけだったし、ここまでレオリオが怒るほど酷い状態だとは思わなかったのだ。
それにもう一つ引っかかることに、彼女がそんなに寝不足になるほど読んでいる割に、読書量、すなわち話の進み具合が最近遅いことだった。
「お前らが仲良くなるのはいいことだし、リアだって楽しそうだからなかなか言わなかったけどよ、やっぱ睡眠ってのは大事だぜ?」
「……そうか、すまない。そこまで私の気が回っていなかったようだ」
「ま、わかったんならいいんだけどよ……」
素直にクラピカが非を認めたからか、レオリオは少しきまりが悪そうに頬をかく。仲間想いなところは変わっていないようで、どうやらクラピカにもそこまで怒っているわけではないらしい。
「忠告感謝する」「おう」
頷いたレオリオはもう気になることは無くなったようですっきりとした表情だったが、逆に今の話を聞いてクラピカには一つ疑念が浮かんだ。
あれだけの話を読むのに、急にそんなに時間がかかるようになるだろうか。
そしてもし寝不足の理由が読書でないとしたら、彼女はいったい夜に何をしているのだろうか、と。
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