■ 28.甘い考え
「そうか、その台詞が後々伏線になってくるのかもしれないな」
「うん、私もそう思う」
今日もいつものように読んだところまでの内容をクラピカに説明する。量としてはそこまでたくさん読めているわけではないのだが、説明が下手なリアが話すと結構時間がかかってしまうのだ。
多少話が前後してしまっても、質問を交えつつしっかりと理解してくれるクラピカは、本当に頭がいいのだなと思った。
「続きが楽しみだ」
「そうだね」
相槌をうったものの、リアは静かに本を閉じる。いつもは彼が出て行ってからも読み続けるため、それを見たクラピカは少し驚いた顔をした。
「いや、昨日夜更かししすぎちゃって……」
言い訳をするように呟いたが、本当に油断をすれば欠伸が漏れてしまいそう。昨日クロロの声を聞いた後、リアは結局寝付けなかったのだ。
そして今日はただ早く寝たいという理由以外に、本を読んではいられない用事があった。
「いや、いいんだ。急かしているわけではない。無理をしないのが一番だ」
「…ありがとう」
「じゃあ、おやすみ」
気遣いの言葉にちくりと胸が痛む。「おやすみなさい」クラピカが部屋を出て一人になったリアは、早速外に出かける支度をした。いつものようにフードを被り、出来るだけ静かに窓を開ける。リアは眠るとき絶状態なのが癖なので、部屋を抜け出したとしても怪しまれることはないだろう。
親切にしてくれる彼に隠し事をするのは苦しかった。けれどもそれがクロロとの約束なのだから仕方がない。
そして確かにクロロもあの遣いに来た子供も普通の人間ではなかった。そんな人たちと関わっていると知られればクラピカは反対するだろうし、ひょっとすると迷惑をかけるかもしれない。
リアは最後に一度だけ室内を振り返ると窓枠に足をかけた。華麗に飛び降りる自信はないが、壁の出っ張りを伝って一つ下の階にまで下りれば、そこからならば飛べるだろう。
戦いはからきしだが、逃げることや隠れることは向いている。
それにたとえ多少危険だったとしても、リアはクロロに会いに行きたかった。
※
指定された場所に着くと既にクロロは待っていた。深夜だからひとけはないもののそれでも警戒していたリアは、彼の姿を見つけるなり小走りになる。
「クロロ…!」
小さく名前を呼んで駆けよれば、いつもと変わらない、記憶通りの微笑がこちらに向けられた。
「来てくれたんだな」
「うん」
ホテルでは気まずい別れ方をした。けれどもそんなことは微塵も感じさせないような雰囲気。
リア自体あの日クロロに着いていかなかった自分が不思議に思えるくらいに、今日のクロロは幼いリアが恋したクロロそのものだった。
「寒くないか?」「うん、平気」
「どこか店に入ろうにも、そうなると落ち着かないだろうしな」
そう言ったクロロに自然に手を取られ、思わずドキドキする。彼には瞳のことを気にする必要はないのに、恥ずかしくて顔を直視できなかった。
「少し歩く。そこなら人も来ないだろう」「うん」
「リア、悪かったな」
「……え?」
唐突に謝られて、なんのことかとリアは驚く。クロロは前を向いたまま歩調をあわせてくれているらしく、いつもよりゆっくりと歩いた。
「お前を置いていったことだ」
「…それはでも、私が自分で…」
「だが、そう思わせたのは俺なんだろう?」
核心をついた言葉にすぐには否定できない。二度目の別れを望んだのはリアだったが、それはクロロが昔と変わってしまったことに耐えられなかったからだ。そんな彼とは一緒にいたくないと思ったからだった。
「だがなリア、俺が変わったかという問いに対しての答えはノーだ。
変わったのではなく、知らなかった一面を見ただけにすぎない」
「……」
「だから今後もしまた、俺の別の一面を見て離れたくなったその時は」「大丈夫」
ぎゅ、と握った手に力をこめれば、クロロは立ち止まって振り向く。
「悪いことなら私もしたから…」詳しくは知らないがもし彼が裏の人間であることを気にして自分と距離を取っていてくれたのだとしたら、そんなことを気にする必要はない。
リアが拙い言葉でその気持ちを伝えると、彼は柔らかく微笑んだ。
「そうか」
「うん」
クロロがどんなことをしていたって…と、この時リアは本気で思っていた。
けれども所詮、世間知らずのリアの考えること。加えてどうしても自分に優しいクロロが酷いことをするはずがないという先入観もある。
つまりリアが想定した『どんなこと』はどこまでも甘すぎたのだ。
ましてやクロロがクルタの村の虐殺に関わっているなんて、これっぽちも思いもしなかったのである。
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