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■ 27.近況報告

カルトを遣いに出してから、まだそれほど時間が経っていない。

それなのに着信を知らせた携帯に、クロロは心のどこかで安堵する。連絡先は渡したがもしもリアが自分からかけてこなかった場合は、このままもう二度と彼女に接触しないでおこうと思っていたからだ。
けれども時間的に考えて、リアはすぐに電話をかけてきた。それは彼女の中で自分がまだ大きな位置を占めているということである。

「…もしもし」

「……クロロ?」

「あぁ、そうだ」

電話越しの声は相変わらず小さいが、そこにマイナスの感情は現れていない。「知り合いから街でお前を見かけたと聞いてな」自分で言葉にしてから、なんてくだらない理由で行動したんだろうと思った。

「…見かけた?それって、」「心配するな。俺と同じでお前に危害は加えない。さっき連絡先を届けさせた子供も俺の知り合いだ」

「……そう」

電話の向こうで、ほっとしたように息が吐かれる。
とはいえわざわざカルトを遣いに出したのは、クルタ族の件に直接関わっていない団員だからだった。自分でもよくわからない感情だが、団員にリアのことを積極的に知られたいとは思わない。もしかすると未だに過去の宝に執着していると思われたくないからだろうか。
とにかくそういう選考基準でシズクとカルトのどちらに遣いを頼もうかと考えたとき、カルトの方が適任だろうなと思ったのだ。

そしてどうやらその読みは当たっていたらしく、ゾルディックの末っ子はきちんと任務を果たし、希少で価値の高い緋の目なんかには心を動かされなかったらしい。そもそもクロロはカルトがお宝に興味があって入団したのではないととっくに気づいている。

「放浪してる兄貴に会えるかも、と思ったんだがな…」

「え?」

「いや、なんでもない。こちらの話だ」

思わず漏れた独り言に、なぜだかリアはくすりと笑った。今まであまり笑うことのなかった彼女だから、その変化に少しだけ驚く。

「ごめんね。なんだかクロロらしいな、と思って」

「独り言がか?」そんなに言っている自覚はなかったのだが。

しかし彼女はそう、とまた笑って「やっぱり変わってない」と言った。声が嬉しそうだった。

「……リアは変わったな。前より少しだけ明るくなった」

「うん、そうかも……あのね、そのことずっとクロロに話したかった」

先に連絡先を渡したのはクロロなのに、話題がすらすらと出てくるのはリアのほう。これもまた一つの変化だ。今までの彼女は話を始めるだけでも躊躇ってなかなか時間がかかったというのに。
彼女が間違いなくいい方向に変わっているのを実感して、嬉しいような寂しいような複雑な気持ちになった。

「クロロや、クロロの知り合いみたいな人に、私も出会えたの。私の瞳を商品として見ないひと」

「…ほう」

「それでね、もっとすごいのが他の生き残りに会えたの…!私ずっと一人だと思ってたから……」

「……」

他の生き残り。それは他の情報からも推察するに間違いなく鎖野郎。まさかこのタイミングでヨークシンに来ているとは思わなかったが、これも何かの引き合わせなのかもしれない。
もちろん自分たちがしてきたことは鎖野郎の恨みを買って当然だとは認識しているが、流星街出身のクロロにとってもウボォーやパクノダの仇を打つのはごく自然なこと。ひとつ違うのは、鎖野郎ほど血眼になって復讐相手を探してはいなかったことだが、こんな形で巡り合うのならば戦うことは運命づけられていたのかもしれないし、クロロ自身もそれをあえて回避する必要性を感じない。
リアのことさえ無ければ。

「……クロロ?聞いてる?」

「あぁ、聞いてるさ。良かったな、仲間に会えて」

だがそれ以上に引っかかったのは、彼女が発した『ずっと一人だと思っていた』という言葉。リアは自分といた時もそう感じていたのだろうか。やはり同族でなければ分かり合えない何かがあるのだろうか。
リアが鎖野郎といて幸せならば、それこそ本当に自分はもう彼女に関わるべきではないかもしれない。

それなのに次に自分の口から出た言葉はそれとは正反対の内容だった。

「リア、また会えないか?」

「えっ?うん…私は、いつでも会いたいよ」

「なら約束してほしいことがある。第一に連絡先の紙を燃やして処分すること。それから俺のことを誰にも口外しないことだ」

「……え?」

リアの戸惑いがありありと伝わってくる。けれどもクロロがリアに接触するなら最低限これだけは守ってもらう必要があった。一度彼女を放り出しておいて、何様のつもりだ、と責められれば認めるしかない。だが、それでも不思議と会わないという選択肢はクロロの中になかった。

「リアも薄々気づいているとは思うが、俺は表の世界の人間じゃない」

「……わかった、クロロがそう言うなら…約束する」

いつものように素直に従った彼女はこの約束のデメリットなんてこれっぽっちも知らないのだろう。もしも旅団と繋がりがあるとわかれば、鎖野郎だってリアへの態度を変えるかもしれない。この関係は彼女が今やっと掴みかけている平穏を簡単に壊しかねないものだ。


「私、クロロに会えるならなんでもする…」

躊躇いがちに呟かれた言葉に、自分は酷い人間だな、なんて思う。
けれどもそれは別に今に始まったことではなくて、元から自分の欲に忠実に生きてきたのだ。

「そうか」

とにかくクロロはまだ、彼女のことを手元に置いておきたかった。

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