■ 26.遣いの子
初めて手に入れた手から少しはみ出る大きさの機械に、リアは思わずにこりとする。先日出かけたいと言った理由の一つにこれがあって、クラピカもあると便利だろうと言ってくれたのだった。
「遠慮せず、なにかあったらすぐかけるんだぞ」
「うん」
正直、携帯電話なんて今までは全く必要としなかったものだ。基本的にリアは一人だったし、クロロはいつもふらりと現れてはふらりと消える。けれども今のリアは一人じゃないし、電話帳には既に皆の連絡先が登録されていた。携帯電話そのものよりも、こうして誰かと繋がっているという実感が嬉しかった。
「……そんなに嬉しいんだな」
「え、」「それとあまり夜ふかしはしない方がいい」
クラピカはくすりと微笑んでおやすみ、と部屋を出る。リアは少しバツが悪そうに微笑み返すと返事を返した。どうやらここ最近夜遅くまでクラピカに借りた本を読み耽っていることは、とっくにバレているらしい。
夜更かしはしないようにといわれたが、ページが進むたびに会話が増えて少しづつ距離が縮まっていく気がするのだ。
どんなに話が前後してもたどたどしい言葉で話しても、気長に耳を傾けてくれる彼の優しさがありがたかった。
リアはソファに腰かけ、読書灯の仄かな灯りを頼りに活字を追っていく。いくら気配が消せるとはいっても、流石に煌々と部屋の電気をつけるわけにはいかないからだ。
しん、とした部屋の中で時折ぱらりとページのめくる音だけが響いて、物語の世界にどっぷり浸っているのはとても幸せな時間だった。
どれくらい経った頃だろうか。頬に夜風を感じてリアが何気なくふと顔を上げると、締め切っていたはずの窓が開いている。鍵はおろか厚いカーテンで閉ざされていたはずなのにと夢か現かわからぬ思いで立ち上がれば「つまらない」聞こえるはずのない子供の声に冷水を浴びせられたような気がした。
「だ、誰…」怖いのに悲鳴も上げられず、声のした方へゆっくりと視線をやる。
この瞳を見られてはいけない。わかっているのにそこに存在する何かをこの目で確認せずにはいられない。
じろりとこちらを値踏みするように睨みつけ、優雅な仕草でそこに立っていたのは、おかっぱ頭の少女とも少年ともつかない子供だった。
「わざわざ僕を遣いに出すくらいだからどんな女なのかと思えば……」
子供のくせに夜を纏ったような冷たい雰囲気で、気配もなくやすやすと侵入してきたこの子はどう考えても普通の人間ではない。見た目はそこまで似ているわけではないのにどことなくキルアに近いものを感じるから、そういった家業の者なのかもしれない。
じりじりと後ずさることしかできないリアを心底見下した、と言った表情で、目の前の子供は独り言のように言葉を続けた。
「まぁいいか。殺すな、って言われてたから勝手に期待しただけだし。価値があるのはその瞳だけなんでしょう?」
「…っ」
「はい、これ」
瞳、というワードにリアは嫌でも反応してしまう。
けれども相手はそんなことお構いなしに、一風変わった衣装の袖口から一枚の紙を取り出してこちらに差し出した。
「……」
「……僕はきちんと渡したからね」
そしてなかなか手を出さないリアにしびれを切らしたのか、ぱっと紙から手を放す。固まっているこちらをよそに、子供は窓枠へとん、と登った。
「渡したからね」
最後にもう一度だけ振り返ったその子は、念押ししてそのまま窓の外へ消える。時間にしてはあっという間だったけれど、この件が夢でないということは床に落ちた紙切れと風に揺れるカーテンが証明していた。
リアは未だに激しく鼓動する胸を抑え、その場にへなへなと座り込む。一体今のはなんだったのか。
瞳のことを見られてしまったし、価値も知らないわけではなさそうだが、あの子供はそんなものに興味がなさそうだった。
それでもここにいるとがバレた以上、クラピカに知らせた方がいいのだろうか。
座り込むとちょうど床に落ちた紙が目の前にあって、リアはそれを拾った。
拾って、見覚えのある筆跡に息が止まりそうになる。
「こ、これ……」
少し強めの筆圧で書かれた、癖のないきれいな文字。Qというサインが無くても、リアには誰の文字かわかった。 そして言葉の書かれてないこの紙に羅列された数字は、電話番号のようである。
リアは握りつぶしてしまいそうな勢いで番号を見つめた。
そして買ったばかりの携帯を取り出すと、一つ一つ数字を間違えないようにゆっくりとボタンを押していく。
そっと耳に当てて響くコール音に、先程までとは違う動悸がしていた。
声だけでもいい。声だけでいいからリアは早く聞きたかったのだ。
「クロロ……」
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