■ 25.時期尚早
「ちっ、なんでこうなるんだよ」
「ご、ごめんね」
「いーよ、別にあんたのせいじゃないし」
リアが消え入りそうな声で謝ると、彼は溜め息をつく。
今日はリアたっての希望で隣町に買い物に来たのだが、到着して15分、既にゴンとレオリオとはぐれてしまった。
人混みに尻込みしていたリアも悪いのだが、彼らは何か興味の惹かれるものがあったらしく、気がつくといなくなっていたのだ。
「ったく、あいつらクラピカに頼まれたこと忘れてんのかよ……」
「…大丈夫かな」
「いや、二人のことは心配してねーんだけどな」
というのもリアが買い物をしたいと行った時、クラピカは仕事を抜けることができなかったので、代わりに彼らがついてきてくれることになったのだ。
本音を言えば買い物くらい一人でも行けると思ったが、クラピカがどうしてもと言うからありがたく来てもらう。
しかしまさか知らない街で、いきなりキルアと二人きりになってしまうとは思わなかった。
「ま、買い物してりゃそのうちどっかで会えんだろ」
「うん」
「せめてあんたははぐれてくれるなよ」
彼がゾルディックとバラして以来、最初よりかはだいぶ話せるようになった。今は殺しの仕事もしていないらしいし、ゴン達と一緒にいる時の彼はどう見ても無邪気な子供だからだ。
けれども改まって二人となると他の皆といるより気まずくて、リアは無意識のうちにフードをさらに深く被っていた。すると、
「せっかく久々に外に出たんだろ。いいのか?」キルアはそう言って少し腰をかがめ、下から覗き込んだ。
「うん…でも、」「盲目のふり、前してたじゃん」
フード取らないの?と聞かれて、リアは足を止める。
確かに買い物などで街にとけ込む際、リアはフードを取って歩いていた。通り過ぎるだけなら昼日中に目深にフードを被っている方が目立つし、別に一人なら万が一何かあっても自分だけで消えて逃げられる。
けれどもこうして誰かと歩くとき、ふとした瞬間にバレて迷惑をかけてしまわないか、そのことを心配して今日のリアはフードを被っていた。
「ま、嫌ならいいけど」
しかしこちらが黙っていると、キルアは俯いたリアの視界から消える。どうやら特に他意なく聞いたらしい。
クロロと歩く時自分はどうしていたか。そしてそれはなぜだったか。
考えたリアはそっとフードに手をかけて、瞼越しの朱い光を見た。
「待って、キルア」
彼の気配のする方へ恐る恐る手を伸ばす。流石に手を掴む勇気はなくて、彼の服の裾をぎゅっと握った。
「…離すなよ」
「うん、ありがとう」指先に触れた布は心なしか暖かい。自分にも誰かを信用してみることはできるんだ。
そう思うと胸の奥がくすぐったくなるような感覚がした。
※
「なぁ団長、聞いてくれよ」
アジトで全員集合を果たしてから、団員たちの雰囲気はとても明るかった。
実際、クロロ自身も久々に仲間に会って飲み交わした酒は美味かったし、空白の期間を埋めるように代わる代わる皆が話をするのも面白かった。
「どうした?」
そして今日は外をぶらぶらとしてきたらしいフィンクスとフェイタンが、アジトに帰って来るなり面白いものを見たと話し始めたのだった。
「団長覚えてるか?ヨークシンで会った銀髪のガキのこと」
「あぁ…」覚えているも何もそれはゾルディックの三男坊だ。残念ながらカルトは出かけていて今いないが、まさしくあいつの兄である。
そう言えば旅団のメンバーはそのことを知らなかったが、特に関わる理由もないし言う必要もないだろう。
クロロは相槌を打って話の続きを促した。
「さき街でそいつ見たね」
「そうなんだ。距離があったし向こうは気づいてなかったみたいだが、女連れだったんだぜ。最近のガキはマセてるよな」
「ほう」
まあ大抵はこのようになんてことはない世間話だったりするのだが、皆子供のように見たこと聞いたことを話したがる。クロロは少し笑ってそうだな、と頷いた。
イルミが聞いたらすぐさまその相手の女の身元を洗うだろう。だがクロロには関係のないこと。フィンクスが続きを話すまでは完全にそう思っていた。
「でもな、その女年上だし、どうやら盲目っぽいんだよな」
「盲目…?」
「そうそう、最初はフードを被ってたんだがな、その後は目を瞑ってガキの服の裾掴んでやがったぜ。
フェイの奴がガキにちょっかいかけようとするからやめとけっつったんだ。流石に野暮だろって」
「ハ、また出たよ、乙女ちくね」「お、おい、お前な!」
馬鹿にしたように肩を竦めるフェイタンに、フィンクスは顔を赤くして怒る。しかしクロロが引っかかったのはそこではない。盲目の人間なんてこの世の中には山ほどいるだろうが、クロロが思い浮かべたのはたった一人である。
「フィン、シャル、その女のこともっと詳しく話してくれ」
「……へ?」
自分でもまさかとは思う。けれども確認せずにはいられない。
なぜならゾルディックの三男坊は、あの鎖野郎の仲間だからだ。
もし、リアが鎖野郎と出会っていたら……。
クロロは考えて、だからどうだと言うんだと自嘲した。
リアは同胞に会えて、それで幸せじゃないか。目を瞑って自分を委ねられるほど、信用のおける相手に出会ったんじゃないか。もう自分がいなくても彼女は大丈夫なんじゃないか。
だが、それでもまだ心のどこかで彼女に執着している自分がいた。
緋の目を手放したのは、時期尚早だったかもしれない。
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