- ナノ -

■ 24.匂い

リアがクラピカのところで世話になってから、早くも1週間経つ。
初めは異なる環境になかなか寝付けなかったり、誰かに見つかるんじゃないかと扉が開けられる度にびくびくしていたが、最近ではそれも少しましになった。

ごくたまに今でもクラピカが部屋を訪れる時、反射的に姿を消してしまうことがあったが、それでも彼は嫌な顔一つしない。
リアが申し訳なさそうに姿を現しても、いつも通りの表情で何事もなかったように話を進めるのだ。

「リア、本は読むか?」

「え……正直あんまり。だけど嫌いじゃないよ」

「そうか。一人でここにいては暇だろうと思ってな。何かリアの気に入るものがあればと持ってきたんだ」

そう言って彼がローテーブルの上に広げたのは、わりと分厚めな数冊の本。一応リアは字の読み書きはできるが、落ち着いて本を読んだりする機会がほとんどなかったというのが実際のところである。
それこそ、本なんか読めたのはクロロと一緒に暮らしていた頃くらいで……。

「活字はいいな。私も昔はよく読んだが、最近はあまり時間がなくて読めないでいる。
…それで、もしよければリアが読んで、私にその内容を教えてくれるとありがたいなと思ったんだが……」

「え、私が?」

「あぁ、嫌だったら嫌で構わないんだ」

クラピカは苦笑すると、ぱたりと本を閉じる。読書に慣れていないリアには読み切ることすら大変そうだったが、これは彼なりに距離を縮めようとしてくれているのだろう。

ゴン達がいる時は平気なのに、不思議と二人だと話す話題に困ることがたまにあった。無理に話す必要が無いと言われてしまえばそれまでだが、世話にもなっているし向こうが歩み寄ろうとしてくれているのを無下にもできない。
それにリア自身、人と関わるのに慣れていないだけであって、唯一ともいえる同胞の彼には興味があったし仲良くなりたいと思っていた。

「ううん、待って片付けないで、あ」本を端に寄せようとした彼を止めようとして、思わず手が触れてしまう。慌てて手を引っ込めたがかえって失礼だったかと焦り、リアはしどろもどろになった。

「ご、ごめん…わ、私読むの遅いし説明下手だけどそれでもいいなら」

「…いや、ゆっくり話してくれればいい。ありがとう」

リアとは対照的に落ち着いた雰囲気で、本を手渡す彼に恥ずかしくなる。いつまでもびくびくして気遣われているだけの自分が情けない。

「次来てくれた時、読んだとこまで話すね」

「急がなくて構わないからな」

「うん、大丈夫」

どうせ他にやることもないのだ。それならばこの本をきっかけに彼と話せる話題がある方がいい。
忙しそうなクラピカは本を渡すとすぐに部屋を出て行ってしまったが、リアは早速厚い表紙を開いてみた。

「どんなお話なんだろう…」

古い本なのか、埃と紙独特の匂いがふわりと漂う。「クロロ…」その香りに大好きだった人を思い出してしまって、胸の奥がつかえた。
いつまでたっても自分は成長していないみたいだ。


「今頃どうしてるのかな…」

もうこの街にはいないかも。そしてリアのことなんてすっかり忘れてしまっているかもしれない。
自分も早く忘れたほうがいいと思うのに、ページをめくる手が進まなかった。視界がぐらぐらと歪んでいく。

こらえきれなくなった涙が本に落ちてしまう前に、リアは袖口で目を拭った。

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