■ 17.答えにならぬ答え
「リア!」
名前を呼ばれた。だけどこの声はクロロじゃない。
彼より少し高めのその声に、誰だったと記憶をたどればなんてことはない。
昨日ようやくまともに言葉を交わしたばかりのクラピカが、息を切らしてそこに立っていた。
「やっと見つけた…!」
「‥‥どうして」「探したんだ」
駆け寄ってきたクラピカに肩を掴まれ、思わずびくつく。
ちょうど今、彼に会いにいくべきかどうか悩んでいたところだった。
「ホテルを訪ねたら、既にチェックアウトしたと聞いてな…」
「あ‥‥ちょっと色々あって…」
「無事なのか?」
「え?」
彼の必死な様子から、何か誤解されているのだとわかる。けれどもそもそも話すことが苦手なリアは、どうすればいいのかわからなかった。
「宿泊客数が2名になっていた。誰かと一緒だったのだろう?」
「…えぇ」まさか、彼がそこまで調べているとは思わなかったが、別に隠しだてするほどのことではない。
「お世話になってた人なんだけど…もう一緒にいられなくなっちゃって…」
自分で去ったのだから、捨てられたというわけではないんだろう。だけどリアとしてはそれに近い気分で、できればあまりこの話はしたくない。
口ごもった私を見て、クラピカはそれ以上の詮索をしてこなかった。
「そうか…どうやら私は早合点したようだな」
「ごめんなさい…」
なるほど、彼は私が逃げたと思ったみたいだ。
確かにホテルを出たのは唐突だったけれど、何もそこまで躍起になって彼が私を探す必要があるのだろうか。
いくら同胞だとは言っても、所詮は昨日会ったばかりの他人なのに。
「では本当にこれからのあてはあるのか?」
「‥‥」
「だったら私のところへ来ないか?
昨日も言ったが、安全な住居くらいは提供することができる。今はボスの用事でヨークシンにいるが、屋敷に帰ればもっと融通もきくだろう」
「‥‥なんで」「え?」
「なんでそんなに親切にしてくれるの?」
そんな変なことを聞いたつもりはなかったのに、私の質問にクラピカは一瞬、虚をつかれたような表情になる。
「…私も、最後の一人だと思っていたんだ」
苦笑した彼は緋の目なんかなくても十分綺麗だった。だけど私には彼の回答が、ちっとも答えになっていないように感じられた。
※
「なんだよ、あっさり見つかってんじゃねーか」
「大騒ぎしてすまなかったな」
昨日、探していた彼女が見つかったのだと嬉しそうにしていたクラピカは、今朝電話をかけてきた時恐ろしく取り乱していた。
仕事を抜けると連絡があってその時の彼の心音には、一瞬何かもっと悪いことがあったのかと覚悟したくらいだ。
今はまた彼女が見つかったことで落ち着いているようだが、これほどまでの感情の起伏はあまり彼らしくないことだった。
「初めまして。私はセンリツよ、よろしくね」
「…リア、です」
警戒と怯えの心音。
無理もないけれど、少し寂しいわね。
彼女はクラピカにもまだ心を開いてはいないようだったし、いきなり多くの人間に囲まれて戸惑っているようだった。
「へぇ、俺はてっきり、俺達が嫌で逃げ出したのかと思ったけど」
「キルア、彼女はただ連れの都合でホテルを出ただけだ」
「クラピカだって疑ったくせに」
「リアが私達から逃げる理由がない」
「よく言うぜ」
ぷい、とそっぽを向いたキルアは不機嫌そうだった。いらついている。だけどたぶん、それは自分にだ。
思えば、大人びた言動から忘れがちだったが、彼は今まさに多感な時期なのだ。色んな悩みや葛藤を抱えていたとしてもおかしくはないだろう。
だけど他人に相談したり頼ったりできるほど器用でもないから、余計に苦しそうだった。
「いいなー!クラピカってばいつの間にリアさんと仲良くなったのー?」
「…え?」
「だって、呼び捨てしてたし」
ゴンの発言にクラピカが一瞬、目を見開く。それからしまった、とでもいうようにばつの悪そうな表情になった。どちらかといえばそれは負の表情だけれど、生き生きとしていることは間違いない。
「ったく、てめーも隅に置けねぇヤローだな」
「違っ!そういうわけじゃ………すまない。不快だったら言ってくれ」
「いや、皆も呼び捨て…いいから」
「ホント!?」
わーいと素直に喜ぶゴンは本当に屈託がなくて、思わず場の雰囲気も和やかになる。
だけど相変わらずリアはまだ笑顔を見せてはくれなくて、所在無さそうにソファーに腰掛けているのが精一杯のようだった。
「クラピカ、」「どうしたセンリツ?」
「あまり無理をさせない方がいいんじゃないかしら。いきなり沢山の人に囲まれたら、誰だって緊張してしまうわよ」
「それもそうだな…」
不安定で儚げで、心音としてはあまり心地いいものではない。
それでもクラピカが同意したことに、彼女は少しホッとしたようだった。
「あの…聞きたいことが…」
「私か?」
こくりと頷くリアにクラピカも頷き返す。
「わかった、悪いが他の皆は」「わかってら、ただし変なことすんじゃねーぞ」
「貴様と一緒にするなレオリオ!」
同胞として、二人きりで話したいこともあるだろう。キルアは無言で席を立ったが、ゴンはまたね!と手を振る。
最後にセンリツはリアに向かって励ますように微笑むと、部屋の扉をゆっくりと閉めた─。
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