■ 16.誤解と羨望
翌日、やはり何事も早い方がいいだろうと、クラピカはリアの滞在するホテルへと向かった。
荷物をまとめるからと、一度ユーストヒホテルに戻ると言った彼女。
連絡先を聞こうとしたら携帯を持っていないのだと言われ、改めて彼女の孤独さを理解したのだった。
「確か、部屋は…」
部屋番号を思い出し、今更ながらそこはスイートではないのかと気がつく。
身なりからしてさほど金があるようには見えなかったし、そもそもあの目では働くことすら難しいだろう。
とはいえ変だとは思いつつも、自分だって他人のことを言えた義理ではない。彼女がどんな方法で金を稼いでいたのだとしても、それは生きるために仕方が無いことだった。
「すまない、」
フロントにて部屋番号を告げ、来客の旨を伝えてもらう。
だが受付の女性は電話をかけようとした手をはたと止め、困ったように眉を寄せた。
「あの…このお部屋のお客様は既にチェックアウトなされてますが」
「なんだって…!?」
そんなはずはない。だけどそう言った口とは裏腹に、頭の中では逃げられたのだ、という声が囁いた。リアは初めからこうするつもりだった…?
チェックアウトした時刻を聞けば、ちょうど私たちと別れてホテルに帰ったくらい。
さらに詳しいことを聞こうとしたら、個人情報ですのでと言われたので、仕方なくハンターライセンスを取り出した。
「仕事のことなんだ」
本当はこんな使い方をするために取ったライセンスではなかったのに。
第一ハンターというものは国家権力でもなんでもない。けれども一般人にこのカードは効果てきめんなようで、いわゆる宿帳をも見せてもらうことが出来た。
「予想通り、偽名だな…」
それはいい。男の名前にしているのも、女の一人旅だと思われたら危ないからだろう。
だが人数は気になった。いくらカムフラージュのためだとしても、このクラスの部屋で1名余分に取るのは痛手だろう。
「客は確かに二人だったのか?」
「ええ、滅多に姿は見ませんでしたが、男性がお一人と小柄なフードの方が」
「そうか」
フードということから、リアなのは間違いなさそうだ。
でもだとしたらもう一人の男は誰だ?
私とあった時の反応からして、同胞ではないだろう。
ならば…
「ありがとう、無理を言ってすまなかった」
「は、はぁ…」
彼女は連れ去られたのかもしれない。
その男は彼女の『持ち主』だ。
※
クラピカから連絡があった時、キルアは心のどこかでやっぱりな、と思った。
「リアさん、いなくなっちゃったんだって!」
「なんでだよ、俺達そんな信用ねーかよ」
レオリオの言葉にいくらなんでもそれは少し無茶な話だと思う。
いくら同胞だろうが昨日会ったばかりの人間をそうやすやすとは信じられない。むしろ、そうやって生きてきたからこそ、彼女は今まで誰にも捕まらずにこられたのではないか。
「でも、他に誰かと一緒にいたみたいだよ」
「え?」
「クラピカが言ってた。ホテルは2名で宿泊してたって」
─その誰かに連れていかれたのかも。
クラピカの考えは半分当たっていて、半分間違っていると思う。
そりゃ確かに、彼女が自分の意思で俺達から去ったのではなく、連れていかれたと思う方が何倍も慰めにはなるだろう。
だけどもしあの時彼女が誰かの所有物で、そのことを苦にしていたとしたら、俺たちの提案に少しぐらい好反応を示したはずだ。
「探しに行こうよ」
「‥‥それは、クラピカのためか?あの女のためか?」
「キルア、どうしちゃったの?」
「‥‥なんでもねー」
正直、俺にはわからないんだよ。
人殺しなんて家業の家に生まれた時点で何を言ってんだ、って感じだけど、外の世界だって決して綺麗なだけの世界じゃなかった。
仕事だと割り切れた殺しの方が、よほどマシだったかもしれない。
─オレはキルのために言ってるんだよ。
針を抜いてからの方が、あいつの言葉に惑わされるなんて皮肉もいいとこだ。
誰かの為なんて、どこからが本当でどこからが嘘なんだよ。
クラピカはあの女を救いたいのか?それとも自分が救われたいのか?
「なぁ、ゴン」
「なに?」
「‥‥俺もそろそろ、自分のやりたいこと見つけねーとな」
「え、うん。そうだね!」
きょとんとするゴンには、きっと次の目標が既に見えているのだろう。
一方俺は家を出たあの日から、ずっと立ち止まったままでいる気がする。
結局いくらクラピカのやり方に疑問を感じようが、所詮それはただの羨望なのだ。
自分のしたいこと、自分の為‥‥か。
それがはっきりとわかっていて、そのために努力をし続けられる皆が、キルアには酷く遠い存在に思えたのだった。
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