■ 14.素っ気なく、呆気なく
「た、ただいま」
心のどこかで返事を期待して、それでも返って来なくても納得できるくらいの小さい声で、自己主張するみたいに帰宅を告げる。
でもきっと、クロロは本を読んでいて私に気づかない。
そう思いながら部屋の中へと足を進めると、意外なことに彼は何やら出かける準備をしていた。
「遅かったな」
「うん、そうなの。あのね」「ホテルを移るぞ」
怖い思いをしたこと、もう駄目だと思ったら同胞に会えたこと、彼らが提案をしてくれたこと…。
子供っぽいかもしれないが、クロロには全部話したかった。聞いて欲しかった。
元々、誰かに話を聞いてもらうことなんて少ない。昔からクロロは聞いているのか聞いていないのかよくわからなかったし。
それでもリアはいつも彼にあったことを話していた。知って欲しかった。
クロロだって昔は、適当に相槌を打ちながらでも私に好きに話させてくれたのに。
だけど今日の彼は話を遮ると、有無を言わさず私に荷物をまとめるように言った。
確かにここの場所はクラピカ達にバレてしまったが、彼らはクロロがいるのを知らない。
何かあったのかと聞こうとしたが、クロロは急いでいるみたいだったからやめた。
「用意は出来たか?」
「うん、出来たけど…」
「前に言っておいただろう?この辺りを転々とすることになると」
「それは知ってたけど…」
何故そうしなければならないのかは聞いてない。
もちろんそれはクロロの問題で私には関係ないことかもしれないけれど、それでもやっぱり教えてくれたっていいんじゃないか。
クラピカ達のことも話したかった。とりあえずは住居を提供してくれると言った彼らにありがとうと返事はしたが、まだ完全に心が決まったわけではない。すぐにでも、と皆が用意し始めた雰囲気の中、あれやこれやと理由をつけて取り敢えず帰ってきたくらいなのだ。
「リア、何かここにこだわる理由があるのか?」
「…ううん、別に」
「その割に渋る様子だな。
まぁいい、来たかったら来い」
こだわってるのはこの場所にじゃないよ。クロロにだよ。
どうして何も教えてくれないの。追いかけても追いかけても彼には追いつけない。
今回はこうやって待っていてくれたけれど、もしも後もう少し帰るのが遅かったら、貴方はここに居た?
好きなのに。と心の中で呟いた。
単なる憧れかもしれない。ただの依存かもしれない。
この感情に好きという言葉が相応しいのかはわからないけれど、私はずっとクロロと一緒にいたかった。クロロといると幸せだった。
でも年月を経て彼に会えば、過去の想い出も自分の都合のいい解釈だったのではないかと疑いたくもなる。
私が変わったの?クロロが変わったの?
来たかったら来いなんて残酷だった。
私はずっと貴方について行きたかったのに。
「クロロ……私やっぱり、行けない」
こんな気持ちのままじゃついていけない。
再会しなければよかった。綺麗なままの思い出がよかった。
自分勝手だとは思うけれど、クロロのことが好きだから一緒にいたくない。
物のように私を扱うクロロなんて、クロロじゃないよ。
私の意思表示に、彼は驚いたようだったが何も言わなかった。
ただ一言、そうか、と言って彼は部屋を出ていった。引き止めてもらえるとは思ってなかったけど、さよならの言葉もなし。呆気ない。
私は彼が次に移るホテルも知らなかった。もしかすると取り返しのつかないことをしたのかもしれない。
でも、クロロのことを嫌いになりたくないから…
なんて、そんな綺麗事。
他に依存できそうな人間を見つけた途端にこれかと自嘲の思いで泣き笑いを浮かべる。
利用していたのは私だったのか彼だったのか。
誰にも見られていないというのに、リアはフードを被って顔を隠した。たぶん彼が初恋だった。
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