- ナノ -

■ 13.身の上

聞こえるはずのない話し声に、自分が覚醒していくのがわかった。
柔らかいベッド。ここはホテルか…。
でもクロロはいつも読書に夢中でとても静かだから、話し声がするのはおかしい。

目を開く前に、そっと気配を探る。これはもはや癖みたいなものだ。
部屋の中にはリア以外の人間が、4人いるようだった。

「…気がついたか?」

気づかれぬよう、起き上がるためにじわりと手に力を入れたのに、穏やかな声がかけられる。
一瞬その声にハッとしたが、だんだん記憶もはっきりしてきた。そうだ、私は確か…。

リアは恐る恐る目を開けた。

「気絶していただけだったからな、どこにも異常は無かったぜ。これでも医者目指してるもんだから安心しな」

「極限までの緊張の糸が解けたからだろう。改めて手荒な真似をしたことを詫びたい」

目が合ったクラピカという男は、もう緋色の瞳ではなかった。けれどもリアは紅いまま。
彼の形の良い眉が、怪訝そうに寄せられる。

─怖がらないでくれ

そう言われてもリアの瞳は褪せることがなかった。

「お姉さん、俺たちのこと覚えてる?」

「…」

気まずい沈黙を破るかのように黒髪のツンツン頭の子が話しかけてくる。ニコニコと子供らしい笑みを浮かべるこの子はさっきいなかった。
それなのに、覚えているとはどういうことなのだろう。
リアは部屋をぐるりと見回し銀髪の少年を視界に捉えると、ほとんど条件反射のように体を強ばらせた。

「覚えてるわけねーだろ、ゴン。あの時はずっと目を閉じてたんだから」

「あ、それもそっか!」

きっと、銀髪の少年は私が怯えたことに気がついた。でも何も言わなかったし、顔色ひとつ変えなかった。

ツンツン頭の子が自分の名前を名乗り、その流れで皆自己紹介する。
リアは依然としてこの状況に馴染めないでいた。

「お姉さん、名前は?」

「……リア」

「リアさんか、よろしくね!」

よろしく、なんて言葉を聞いたのはいつぶりだろう。名乗ったはいいが流石に差し出された手を取るような勇気はなく、ゴンをがっかりさせてしまった。
そしてやっぱり一番リアが気になるのは、クラピカの存在だった。

「先程も見せたように、私は貴女と同じクルタ族だ。だから安心して欲しい。貴女に危害を加えようだなんて思っていない」

「…」

リアは何と言っていいかわからず、小さく頷いた。信じて見ることにはしたけれど、言葉に出して『信じる』というのはなんだか嘘臭い気がする。
クラピカは訝るように真っ直ぐ視線を合わせてきた。

「貴女の目は…「ずっと、緋色のままなの」

たぶん、彼は私の瞳を見て、依然として警戒したままなのだと思ったみたいだ。
無理もない。クルタ族は普通、感情が昂った時にだけその色を発現させる。
だからこそ噂に聞く幻影旅団はクルタ族を惨たらしく殺したのだそうだ。
…彼らの緋色を、引き出すために。

「それは本当か?一体どういうことなんだ?」

「……私は、」


身の上話をしたのはクロロ以来だ。
リアはぽつりぽつりと語った。村に住んでいなかったこと、家族のこと、そして緋色が消えなくなった訳を。
室内が重苦しい雰囲気に包まれてしまったのは申し訳なかったが、皆真剣に聞いてくれた。
途中、声が震えてしまった時にはゴンが励ますように背中を撫でてくれた。

「緋色のまま死ねば、その色素が定着するとは聞いたが…」

「大変だったな、ずっとその目じゃ誰も信じられないよな」

レオリオが同情したように呟く。私はただ黙って頷くしかなかった。

「……リアさん、これは提案なんだが、私なら貴方に隠れ場所を提供することが出来ると思う。差し支えなければ、今どのように暮らしているのか教えて欲しい。
ずっとホテルを転々としているのか?」

「…ええ、そんな感じ」

一瞬、クロロのことを言おうかどうか迷った。
だが彼とヨークシンで再会したのは偶然だし、何より彼には彼の事情があるのだ。
余計なことは言わないに越したことはない。いくら目の前のクラピカが同じクルタ族だったとしても、100%の信頼はまだない。

リアは思わずといった感じで銀髪の少年に目を向けた。さっきキルアと名乗っていた、あの恐ろしい目の少年だ。

せめて彼の正体がわかるまでは……。

「そうか、だったら話が早い。
私が住居を手配しよう。もう何も心配はいらない」

「……え?」

「貴方も同胞の目を集めているのだろう?
目的は同じだ。もう怯えて暮らす必要もない。責任を持って保護させてもらう」

クラピカは初めてそこで少し微笑んだ。
その笑顔が男の人とは思えないほど綺麗で、リアは少し見とれてしまう。

生きるために強くなることは当たり前だった。
クロロもそれを私に求めた。
だから無条件に私を保護してくれようとするクラピカの提案に、逆に不安になる。

それでも……

いくらクロロが私のことを受け入れてくれても、絶対に「同じ」にはなれない。

リアは小さくありがとう、と呟いた。


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