■ 12.捕縛と同胞
腹を括ったのか、前回会った時よりも彼女は落ち着いているように見えた。
レオリオは何をやっているんだか。
キルアは何もしないよ、とでもいうように手のひらを見せ、両手をあげた。
「俺たちはあんたに敵意も害意もない」
「…」
「信じられないかもしんないけど、逃げないでよ」
あの厄介な能力を使われたら、正直な所キルアでも逃がしてしまうかもしれない。
それでもわざと余裕なフリをした。子供らしくにっこり笑いかけてみたが、相手は微動だにしない。兎みたいだ、と思った。
そしてキルアの思い浮かべた兎はペットなんて可愛らしいものではなく、死にゆく前の、肉食の動物に狩られる前の兎だった。
「キルア!」
「おっせーよ、レオリオ。手出しすんなよ?」
やっと追いついたらしいレオリオが息を切らしながらこちらを見上げる。
さらに増えた敵に彼女は警戒を強めた。無理もないが、それは心の奥底にあった加虐心を煽る。
キルアが一歩近づくと、彼女は後ろに下がった。
「…来ないで」
「何もしない」
「……そんな目で信じられると思うの?」
ぱらぱらと砂が屋根を滑り落ちる。
やっぱ、本能的に判っちゃうか。
不意に、彼女の周りの景色がゆらゆらと歪み始めた。
さてはこれが彼女の念…。キルアは近づくのをそこでやめる。
「おい、聞いてくれ!俺たちは本当にあんたを狙ってるわけじゃねーんだ!もしかしたら仲間に会えるかも、って……!」
レオリオのストレートな叫びが静かな路地に響く。
彼女は仲間、の言葉には反応しなかった。
それどころじゃないからかもしれない。嘘だと思っているのかもしれない。
「レオリオ!」
「ク、クラピカ、てめぇなんでここに!?」
「連絡をもらってとんできたんだ」
新たな声に彼女は肩をびくつかせ、逃げようとした。だが彼女が逃げるよりも消えるよりも早く、キルアが背後に回って拘束する。
そして自分で舌を噛みきらないように、指を彼女の口の中へと押し込んだ。
「んっ……!!」
「お、おいキルア何やってんだよ!?」
「クラピカ早く上がってこいよ、コンタクトも外せ」
驚くレオリオとは違って、クラピカは至極冷静に屋根の上に登ってくる。
いや、冷静に見えたのは表面上だけか。もがく彼女を目の前に、少し震えているのがわかる。
「手荒な真似をしてすまない、私は同胞だ」
「んーっ!」
クラピカが諭すように話しかけても、彼女は暴れるのをやめなかった。
だから説明するよりも実際に見せた方が早いとクラピカはコンタクトを外す。
それに合わせてキルアも彼女のフードを外した。
「…っ!」
両者の視線が交錯し、涙に濡れた彼女の瞳が大きく開かれる。
体から力が抜けたのを確認して、キルアはようやくそっと拘束を解いた。
※
もうダメだと思った。
少年はその見た目にはそぐわないほどの力で私を拘束し、どんなに暴れても逃げ出すことができない。
捕まってしまっている状態では、私の念は役に立たないも同然だった。
ちらりとフードの隙間から伺えば、クラピカと呼ばれた金髪の男が震えながらこちらに近づいてくる。
あぁ、こいつは緋の目を持っていた奴じゃないか。
やっぱり私は良くて殺され、悪くて一生こいつに飼い殺しにされるんだ。
自害をしないよう口に突っ込まれた指が憎い。
「手荒な真似をしてすまない、私は同胞だ」
彼はそう言ってしばらく沈黙した。
同胞?何を言っているんだ、クルタ族は6年前に幻影旅団に全滅させられた。もちろんリアも村を訪ねてみたことがあったが、そこは無残にも焼き払われていて、人や動物はおろか、植物だって死に絶えていたのだ。
リアが何も答えないでいると、ふいに後ろからぱさりとフードが外された。外気に晒された頬がひやりとする。もう終わりだ。
泣きながら覚悟を決めた。
そして─
「っ…!」
拘束が解かれ、体が軽くなったが今は逃げるなんて選択肢が頭に浮かばなかった。
自分を見つめ返す、緋色の瞳。
それは鏡を見ているわけでもなく、確かにその男の目だ。
「本当に貴女もクルタ族なんだな。生き残りに会えるなんて思っても見なかった…」
緊張から一転、衝撃とそれから安堵。
目の前の男の顔が霞む。
─見ない顔だが、貴女は当時あの村に…
だめだ、聞いていられない。
くらり、と目眩がして、身体が浮遊感に包まれた。
─おい、大丈……
リアはそこで意識を手放した。
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