- ナノ -

■ 9.察する気持ち


自分でも久しぶりに笑ったと思った。
不思議なもので、ずっと抑圧されていた感情だったからか、一度笑い始めると止まらない。

息が苦しくなる程笑うクラピカに、最初はびっくりしていたレオリオやキルアも次第に笑顔になる。
特別何かが面白いわけではなかった。
ただ、こうして昔の仲間が揃って他愛のないやりとりをするのを見るだけで、クラピカは心が軽くなるのを感じた。

「クラピカ、笑いすぎだっての」

「あぁ、そうだな。自分でも、変だと思うよ…ふふっ」

「おいおい、頭のネジ落としてねーよな?」

「キルアは相変わらず可愛げがないな」

5つほど、歳が離れているはずなのに、ゴンやキルアを単なる弟のようなものに思ったことはない。
自分と同等の『仲間』であると見なして接してきた。

そして、特にキルアは他の二人に比べて一番自分に似た部分があると感じていた。

「可愛げなんかいらねーっての」

「キルアはパームさんにも似たようなこと言われてたよねー」

「いいんだよ、べっつに」

そう言ってぷい、とそっぽを向く彼は、聡すぎるから。

だからこそ、クラピカはどこか警戒してしまう。
それはきっとキルアも同じで、だから妹の話をしたがらなかったのだろう。

彼はゾルディック。
そして私はクルタ。

背負うものがあれば、その分保守的にならざるを得ない。
決して信用していないわけではなかったが、自分の嫌な部分は出来れば見せたくない。
クラピカのそれはまさに緋の目に関することで、きっとこれから話すことになるに違いなかったが、キルアの存在だけが少し心に重かった。

「あっ、そういやクラピカ、仲間の目は集まった?」

「あぁ………」

この質問は避けられないと覚悟していたが、やはり聞いたのはゴンだ。
クラピカはあまり深刻そうな雰囲気にならないよう、声のトーンだけでも一定に保つ。
集める、と言っても実際はそう簡単なことではなかった。

「あれから10対ほどはなんとか集めたよ。
だがまだまだだな…」

「わぁ、流石クラピカだね」

「へぇ……」

ほら、やはりキルアは気づいた。
ゴンだってオークションに来ていたのだから、緋の目の価値を知らないわけじゃない。
だけど、悟ったのはキルアだけ。

10対もの緋の目を、今のクラピカが正規の手段で手に入れることなど不可能。
自分のしたことに後悔はなかったが、仲間に堕ちた自分をさらけ出すのはとても辛いことだった。

「そいつはよかった。
仲間の目を集めることがお前の目的だもんな」

「ああ」

そしてレオリオの言葉は言外に、復讐なんてやめちまえ、という意味を含んでいるような気がした。

「クラピカ……あのこと、皆に話してみたらどうかしら?」

きっと心音で全てを悟っているであろうセンリツが控えめながらも提案してくる。
確かに、せっかく緋の目の話になったんだ。
おそらく生き残りである『彼女』のことを話すには今がちょうどいいように思われた。

「ゴン達はしばらくヨークシンにいるつもりなのか?」

「うん、そうだよ」

「だったら一つ、頼みたいことがあるんだが…………」

人に頼る、ということを久々にしたと思う。
そして

─うん、クラピカの力にならせてよ!

そんなことを真っ直ぐに言われたのも久々だと思った。


***



「リア」

街へ出て、しばらくすると後ろから声をかけられた。
たったそれだけのことでリアの心臓は早鐘を打つ。

今は別に他人から見えなくしてるわけではない。
だが、名前を呼ばれたのだ。
死んだ家族と、クロロしか知らないはずの……………

「…クロロ?」

外では目を開けたくないから、声のした方へ振り返るだけ。
いつでも逃げられるように、かかとはもう地面を離れていた。

「お前、本当に判断できないんだな」

「なんだ……だって、今ちょっと声を変えたでしょ?」

「試したんだ。
でも、怖がらせないように名前を呼んだだろう」

「怖かったよ」

だってほら、今だって動悸が収まらない。
それにしても、ホテルに残ったはずのクロロがどうしてここにいるのか。
隣に並んだクロロの気配を感じ、思わず少し顔を上げる。

「本屋でもないかと、探しに来たんだ」

「そっか、クロロ昔から読書家だもんね」

わざわざ問わなくても、リアの疑問を解決するかのようにクロロは喋った。
でもそんな察しのいいクロロでも、リアが期待した言葉まではわからなかったようだ。

─心配して来てくれたんじゃないんだ………

高望みはいけないとよくわかっているはずなのに、それでも期待せずにはいられない。
すぐさま俯き、フードで顔を隠したのは他人への警戒ではなく、失望の色を読まれたくなかったからだった。

「じゃあ、クロロは本屋に行くんだね」

「最後にな。
せっかくだから買い物に付き合おう」

「えっ?」

驚いた瞬間、ぱっ、と外されるフード。
まぶたを閉じていてもわかる外の明るさに、リアはたじろぎ、クロロの行動に動揺した。

「なっ、なにするの!?」

「たまには日も浴びた方がいい」

「で、でも……」

こんな人のたくさんいるところで、フードを外すなんて。
いくら目を閉じているとはいえ、不安で身を縮めたリアの手をクロロがさっと取る。
繋がれた大きな手の感触に、困惑を隠しきれず、目をあけて彼の表情を見てみたいとさえ思った。

「心配するな、今は俺がいる。
お前はいつもどおり盲目のふりをしていればいい」

「うん…ありがとう」

きっと彼にとってはなんてないことなんだろう。
だけど、こうして目を閉じたまま、リアが全てを委ねられる相手はクロロしかいない。

貴方は私のことを一体どう思ってるの?
この繋いだ手に特別な意味はないの?

聞けない質問ばかりが次々と、胸のうちに溜まっていくような気がした。

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