22.お強いレディ
「あんたって、どこまでバカなの?」
まぶた越しでも眩しい光に、身じろきすれば今度は頭に激痛が走った。思わず苦痛の声をあげてそこ押さえたオレは、大きなたんこぶに触れてまた身を竦める。「痛っ……!」じわりと滲んでくる涙を零さぬように目を開ければ、前にはこちらを見下ろす少女。
本当は少女という年齢でもないタツマキさんが、いつも以上に不機嫌そうな顔で腕を組んでいた。
「え……あ、オレは……」 「階段の下で倒れてたのよ。無様にね」
ふん、と鼻を鳴らした彼女の言葉に、ゆっくりと倒れる前の記憶がよみがえる。そうだ、オレは指令室に行こうとして階段から落ちたんだ。原因となった拘束は今はもう解かれていて、部屋の様子からしてここはどうやら医務室っぽい。
「あ、そうだ!怪人は!?怪人はどうなったんですか!?」
一番最後に一番肝心なことを思い出したオレは、またもや大声を出し過ぎたらしい。頭痛をしかめっ面で訴えたタツマキさんを見て、まずいと思ったが後の祭り。数十センチほど浮いてベッドに横たわるオレを見下ろしていた彼女は、不意にすとん、と医務室の床に降り立った。
「もう!うるさいし、危ないじゃないの!」 「す、すみません、わざとじゃなくて……」 「わざとじゃないって言ってもね、あんたみたいなのがいたら力が乱れて邪魔なのよ!ほんと猿轡と拘束、解くんじゃなかった!」 「いや、でもそのせいでオレは、」 「なによ、あんたが鈍くさいことまで私のせいにするつもり!?」 「い、いや、その……すみません」
タツマキさんのことは正直言って苦手だ。人に声が大きいと言うが、この人自体もヒステリックな大声をよく上げる。しかし状況から考えて、倒れていたオレをここまで運んでくれたのも彼女なのだろう。
「た、助けたわけじゃないから勘違いしないでよね!あんたが鈍くさいって言っても縛ったのは私だし、そのまま死なれちゃ寝覚めが悪いと思っただけよ!」
どうやらヒーローなだけあって悪い人ではないようだ。
「な、なによ、なんとか言いなさいよ!打ち所が悪くてバカがさらにバカになったわけ!!?」
口は悪いが。
「……ありがとうございます。それで、怪人はどうなったんですか?」
ここは自分が大人になろう、と考えて(助けてもらったのも事実だし)オレはひとまず感謝を述べる。しかし逆に彼女はそれが意外だったらしく、盛大に目を泳がせた。
「バ、バカじゃないの?怪人なんてとっくに倒したわよ。私を誰だと思ってんの?」 「え、じゃあ、」 「あんたは帰っていいわよ。元々戦力になんて数えてないしね」
もう力が戻ったらしく、彼女はふわり、といつものように浮かび上がった。怪人はとっくに倒されたと聞いて驚くオレの間抜け面を、高い位置から見下ろしている。
「タツマキさんすごいなぁ……」
意図せず漏れた呟きは、オレの心の底から出たものだった。
▽▼
「は……?」
目の前のグンマという男に、タツマキは初めから何も期待していなかった。そもそも彼はC級。馬鹿でかい声がタツマキのエスパーを妨害する、ということさえ除けば、能力的には一般人とそう変わりなく、むしろ目障りな存在でしかない。 だが、媚びも打算もなく純粋に紡がれた称賛の言葉を聞いて、タツマキは柄にもなく動揺した。気絶している間に問題解決してしまった情けないヒーローだと、嫌味を言ってやろうと思ったのに。
「あ、当たり前じゃない。私はあんたとは違うのよ」 「オレはその、はっきり敵の姿を見てませんけど、今回の敵がいかにヤバイ奴だったかってのはわかってるつもりです」 「……」 「怖くなかったんですか?ヒーローやってて、怖いって思うことないんですか?」
先ほどの発言といい、この男の脳みそは小学生で止まってしまっているのだろうか。タツマキはいつもの威勢のよさもどこへやら、純粋すぎる質問にかえって言葉を失う。 馬鹿馬鹿しい。そう言ってしまうのは簡単だったが、グンマの目は真剣だった。
「……甘いわね、あんた。怖い怖くないで戦ってるんじゃないのよ私たちは」 「だって、」 「他に誰もいないんだから仕方ないでしょ。いざというときに誰かが助けてくれるなんてそんな甘いこと思ってちゃいけないの」
18年前の記憶がよみがえる。S級全員招集にも関わらず、今日その姿を現すことのなかったブラスト。どこか突き放すような彼の言葉は、それでいて幼いタツマキに勇気を与え、決心させたのだ。
「……すみません」
過去の記憶に浸りかけていたタツマキは、グンマのその言葉で我に返る。自分かいかに馬鹿な質問をしたか、この男もようやく理解したのだろう。タツマキは富や名声の為にヒーローになったのではない。全て自分の身と、守りたいものを守るため――
「すみません。女の人にそんなこと言わせるの、ほんと情けないっすね」
困ったような顔したグンマは、そう言って頭をかいた。そしてまたたんこぶに触れてしまったのか、苦痛に顔をゆがめる。
「オレ、いつも心のどこかで、兄貴やタツマキさん達S級ヒーローがいるし大丈夫だろうなって思ってたんです。でも、みんながみんな兄貴みたいに趣味で始めたわけじゃないですよね。ヒーローだって、戦いたくないし怖いって思って当然ですよね」 「な!私は怖いなんて……!」 「タツマキさんは強いです」 「……」 「でも甘えてちゃいけないなって思いました。少なくとも、誰も助けてくれないなんて思わせちゃいけないなって」
なんの役にも立たないくせに……。弱いくせに……。
頭の中でそれらの言葉がぐるぐると回ったが、胸がつかえて言葉にはならなかった。そもそも、”女の人”としてちゃんと扱われたのは初めてかもしれない。周りの人間にとってタツマキは怪物かヒーローかの2択で、それ以上でもそれ以下でもなかった。
「っていうか、ヒーロー同士は仲間ですよね。上には1位の人もいるし、何かあったら兄貴だってタツマキさんのこと助けますよ」 「偉そうなこと言う割に結局人任せじゃないの」 「ま、まぁ……今のオレは弱いっすから。でも、そのうち絶対強くなって、タツマキさんのこと助けられるようになります」
「嘘つき」 「えっ、ちょっ、」
私を助ける?あの男が?なんて思い上がりも甚だしいの。 そう言ってやればよかったのに、代わりに口から出たのはそんな陳腐な言葉。言うだけ言って医務室を飛び出したタツマキは、腹を立てていた。
(助けるどころか、声で邪魔してるじゃない)
C級なんて興味ない。それでもタツマキがあの男を無視できないのは自分に害があるからだ。それなのにあいつは……。
(ま、いいわ。監視は続けるし、せいぜい無駄な努力をすることね)
あの男が自分を助けられるくらい強くなるなんてことはありえない。わかっているのに、なぜかほんの少し嬉しい……いや、面白いと思ってしまったタツマキだった。
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