19.マイ災害レベル竜
あのあと、幸運にもタツマキさんに見つかることは無くて、無事に味噌を買えたオレはもうすっかりあの日のことを記憶の片隅においやっていた。 暴れていたネズミの怪人たちも暴力では勝ち目がないとわかったのか撤退したらしいし、もしかしたらどこかで地道にネズミを保護する活動を始めているかもしれない。
一方オレはというと相変わらず骨折した腕のまま、バングさんの道場へ見学しに来ていた。
「流水岩砕拳……」
見た目には流れるようなゆったりした動作なのに、周りの空気が一瞬で変わる。 最初、いきなり兄貴に「ジイサンが面白いもん見せてくれるらしいけど、お前も来る?」と言われた時は、どこのジジイだよどうせ盆栽とかだろと思ったけれど、行ってみればまさかのS級3位のシルバーファングで驚いた。 なんでも隕石騒動のときに知り合ったらしく、相変わらず兄貴の顔の広さ(知名度は低いのに……)に感心するばかりである。
「まぁこんな感じじゃ。どうじゃ、やってみんか?」 「なんだよ、結局勧誘かよジイサン。興味ねーし、グンマお前やっとけ」 「え、ええっ、オレにできるかな?」 「キミはサイタマ君の弟かね。修業すればできんことはない。が、サイタマ君やジェノス君に比べて時間がかかるのは間違いないのう」 「そ、そうですよね〜」
強くなるのはそう簡単なことじゃない。でも、何もしなければ強くなんてなれない。せっかくのチャンスだし習ってみたいな、と思っていると「グンマさんはまず腕を治すのが先です」とジェノスに先手を打たれてしまった。
「それもそうじゃの」 「じゃあまぁ、あと2週間っすね……」 「全治まで1か月もかかるなんて不便じゃないですか?だから替えのパーツを用意した方が早いと言っているのに」 「地味にサイボーグ化勧めんな」 「道場に通うより、アップグレードした方が早く強くなれます」
確かに正論っちゃ正論かもしれないが、正直暴論だ。しかも道場の人の前で、道場を全否定するのはやめてくれ。 案の定怒った弟子を一撃で黙らせたジェノスは、本当に血も涙もない鬼サイボーグだった。
「一番弟子がこれか……?バング、お前の道場は実力者ぞろいと聞いていたんだが」 「ん……まぁ、弟子のひとりが暴れおっての。他の弟子は再起不能になったり、恐れて辞めてしもうたんじゃ」 「なにそれこわっ!」
入りたいな〜と思ったけどやっぱ無理。道場内の人間関係だって大事だ。そんな荒れた感じのとこでやっていける気がしない。兄貴はむしろ食いついたけれど、その強い弟子も結局バングさんがボコって破門してしまったらしかった。
「じゃから今弟子はほとんどおらんくての。グンマ君さえよければいつでも来てくれて構わんぞ」 「は、はぁ……」
成り行きとはいえ、S級3位に誘ってもらえるなんて光栄だ。だが、今の話を聞いた後ではあまり気が進まない。曖昧な返事で苦笑いしていると、「シルバーファング様!」いきなり道場の扉が開いてスーツを着た男が飛び込んできた。
「ヒーロー協会の者です!この度S級ヒーローに非常招集がかけられました!」 「レベル竜がきたか……?」 「ややっ、そこにいるのはジェノス様ですね!S級の皆様は全員来ていただきます!」
なにやら穏やかじゃない話だ。S級全員集合って、これから一体何が起こるんだ?ただならぬ雰囲気に気圧されつつも、どこか他人事の気分で見守っていれば、それから……と協会の男が言葉を続ける。
「もしこの辺りに住んでるグンマさんというヒーローを見かけましたら、その方にも来るように伝えてください」 「え……グンマはオレだけど……?」 「そうでしたか。ちょうどよかった、では一緒に」 「いや、ちょっと待って!なんでオレが!?オレC級なんだけど!?」
突然の展開に動揺が隠せない。兄貴が呼ばれるならまだしもなんでオレ?絶対その面子だと役に立たないだろ。自分で言うのも悲しいが、骨折しているほぼ一般人なんて足手まとい以外の何者でもない。
「さぁ、理由は私にも。これは協会というよりタツマキ様個人からのご指示ですので」 「タ、タツマキ?それってあの戦慄のタツマキ?」 「ええそうです」
それを聞いてさっと血の気が引いた。誰だよ、そいつって首を傾げている兄貴が恨めしい。
「よくわかんねーけど皆行くなら俺も行こうかな。暇だし」 「そうですね、S級が呼ばれるとなると先生の力が必要になるかもしれない」 「兄貴絶対一緒に来て!オレを守って!」 「なんでお前を守るんだよ……」 「マジで頼む!」
S級全員招集?災害レベル竜? そんなことよりもオレは、あの"戦慄のタツマキ"に呼び出されたことの方が恐ろしい。
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