18.ヒーローにあるまじき
「ちょっとあんた、いつまでボケっとしてるのよ。邪魔」
ビルの下から流れ出す赤。それを見て動けなくなっていたオレは、声をかけられたことにより我に返る。しかし辺りを見回しても誰もいない。
「バカ、上よ」
その言葉に従い見上げてみれば、そこにいたのは緑の髪の少女。黒いドレスの裾をひらめかせながら、彼女は宙に浮いていた。しかしオレにとって大事なのはそこではない。
「な、なんてことするんだ!あいつらは、あいつらは……!」 「なによ、ヒーローが怪人を倒して何が悪いわけ?」
腕を組んだ彼女は、不機嫌そうにこちらを見下ろす。彼女の顔は確かにヒーロー名簿で見たことがあった。見たことがあるどころか、他でもないS級2位。戦慄のタツマキさんその人だ。それでもオレは今起こった出来事がショック過ぎて、明らかに力の差があるタツマキさんにくってかかった。
「違うんだ、あいつらは暴れるのをやめて考えてくれた!倒さなくても良かったんだ!」 「はぁ?あんた何言ってるの?」 「あのネズミたちは悪い奴じゃなかったんだって!説得できそうだったんだよ」 「説得ですって?」
ぴくり、とわかりやすく眉を上げた彼女は、すうっとそのまま目線の高さまで下降してくる。
「寝言は寝てから言ってちょうだい。似たようなネズミは他でも発生してるの。そいつらがどれだけの破壊活動してると思ってるのよ」
見なさい、と示された先にはいくつかの建物の瓦礫。いやでも、さっきビルを飛ばしてきた人に言われたくないような……。きっとオレの勤めていた会社があんなことになったのも、この人のせいだろう。そりゃ、助けてもらったことには感謝してるけど。
「だいたい、弱っちいくせに偉そうなのよあんた。一般人は大人しく逃げてなさいよ」 「こ、これでもオレはヒーローで──」 「知らないわね。ヒーローだろうが雑魚は雑魚よ」 「……」
悔しい。悔しいけどなにも言い返せない。現に左腕にはギプスが巻かれているし、なんて無様なんだろう。オレが唇を噛み締めていると、その様子に少し気分をよくしたのかタツマキさんがふふん、と鼻で笑った。かと思えば急に眉をしかめて舌打ちをする。
「まだ生きてるやつがいたの……」
その言葉に振り返って見てみれば、足を引きずりこの場から逃げようとしている1匹のネズミの姿。どうやら完全にビルの下敷きになることは免れたらしく、怪我をしつつもなんとか抜けられたようだった。
「不愉快だわ」 「待ってくれ、もうあいつに戦う意思は……」
けれどもタツマキさんは迷うことなく手のひらをネズミに向ける。このままじゃ、今度こそ──
「待ってくれって!!!」 「っ!?」
焦ったオレは大声を出して、タツマキさんの腕を掴む。すると彼女は思い切りしかめっ面になったが、それはただ邪魔されたことへの不快感だけではないようだった。その証拠にこめかみを押さえ、ぐらり、とバランスを失って地面に倒れ込む。
「っ……あんた、今なにしたの」 「な、なにって、なにも……」 「頭が痛い……力が……」
おろおろして彼女に近づこうとすれば、触らないで!と怒鳴られる。それだけでなく今度は手のひらがオレに向けられて、流石に凍りついた。
「ちょっ、それは、」 「……っ、だめ、どうなってるの?力が使えない……」 「ええっ!?」 「あんた、やったわね!なんてことしてくれたの!」 「オレ!?そ、そんな、ごめん!」
彼女の緑色の瞳がメラメラと怒りで燃える。「あ、でも…少しずつ痛みが引いてきたわ……」彼女は言いながら近くにあった石ころを指先一つで浮かせてみせる。どうやら力が使えなくなったのは一時的なものらしい。
「よ、よかった〜」 「よかったじゃないわよ、この拡声器男!あんたのその声一体どうなってんのよ!」 「そ、そんなこと言われても」 「許さないんだから!」
「ご、ごめんなさい!!!」 「っ……!あんた、また!」
あ、ちなみにいうと今のはわざとです。原理は知らんが一時的にでも彼女の力が使えなくなるなら、なんとしてでも逃げるしかない。そうじゃないと、本当に彼女に捻り潰されてしまいそうだ。 オレはだめ押しとばかりにもう一度謝ると、その場から全速力で逃げ出した。
「まっ、待ちなさいよ!」
待てと言われて待つバカはいない。どうやらさっき怪我をしていたネズミも上手く逃げたようで姿が見えなかった。 それにしてもこれって、怪人を助けたことになってしまうんだろうか。ヒーローとしてまずいような気もするけれど、今はとにかく逃げるしかない。
|