解散宣言
- ナノ -



17.デジャヴは突然に

兄貴に背負われてうどん食って帰宅して1週間。
ようやく修理が終わったらしいジェノスが戻ってきて、オレたちはまた今まで通りの生活を取り戻した。

「あ、グンマ、お前んとこに味噌ある?」
「ちょっと待って、見てみる」

最近妙にわかめに凝っているらしい兄貴は、普段は面倒臭がって割愛していた味噌汁を自ら作るようになった。その前は昆布を大量に煮ていたし、まあ理由はだいたい察しがつくけどあえてオレは触れていない。というかそのうちたぶん、兄貴の意図に気づいたジェノスが厳しいくらいに『わかめにも発毛効果はないのだ』と教えてやるだろう。

オレは見てくる、とちょっと足を動かして隣室の──つまりはオレの部屋の台所に向かい、調味料をストックしてあるはずの棚を覗いた。実はオレの歌騒動のせいで(?)大きく開いてしまった壁の穴は、兄貴がこの方が広いし3人で生活しやすいと言ったことからそのままになっている。どうせ大家も訪ねてはこないし、もし引っ越すことがあればそのときに直せばいいだろう、と本当はよくないけどそういうことにした。

「あー、ないわ、ごめん」
「くそ、ジェノスが買い物に行ってからもう結構経つよな〜。あぁ、頼めばよかった」
「オレ買ってこようか?」
「まじで?さんきゅー。あ、でも、」
「別にこのくらい大丈夫だって」

兄貴の視線がギプスで固定されたオレの左腕に向いたのが分かったので、小さく肩を竦めて見せる。他の打撲したところもまだ当たればそれなりに痛かったが、いつまでも怪我人扱いされるのは居心地が悪い。財布をジーンズのポケットに突っ込んで、靴をはきかけた。

「そうか、なら頼むわ」
「おっけー」

それに、いくら怪我をしていたって入院しているわけでもない限りC級の週1ノルマは待ってくれない。今回、市民の避難に協力したということで少しはオレも順位が上がったものの、依然としてC級のままだったのだ。兄貴みたいに一気にB級63位、とまではいかずとも地道にこつこつ頑張ろう。当面の目標は無免ライダーさんだ。

「彼も退院したらしいし、もしかしたら今日もどこかで会えるかもな……」

オレはすっかり彼のファンになってしまっていたのだった。

▽▼


確かにC級のノルマを早く達成したいとは思っていた。が、何もオレは怪人に出くわしたいと思っていたわけではない。

スーパーで味噌を買って、数歩も行かないうちに悲鳴。特売をやっていたのを思い出したのとパトロールを兼ねて、市外のスーパーに出かけたのが運の尽きだった。けれども、ヒーローが運の尽きだなんて嘆いている場合ではない。ヒーローが逃げたら誰が戦うんだよ。ジェノスじゃなくても兄貴のあの言葉はメモる価値がありそうだと思ってしまった。

「逃げても無駄だぞぉ、貴様らは皆殺しだっチューの!」

とにかく声のした方に向かえば、そこにいたのは巨大なネズミの怪人……しかも1匹ではなく5〜6匹はいる。彼ら(?)は猫を擁護する人間に恨みがあるらしく、徒党を組んで立ち上がったらしかった。

「貴様らが猫を特別扱いするからいけないんだっチューの!貴様らが減れば、猫も減る!」
「そうだそうだ!」

ネズミは群れを作るからか、声高に主張を繰り返すのを見ていれば一種のデモ活動のようですらある。だが、主張だけでなく暴力行為や破壊活動までしているとなれば見過ごせない。それだけ強いなら、直接猫を倒せばいいのに……そっちはやっぱり怖いんだろうか。
オレは逃げ惑う人々の波に逆らって、ネズミたちの前に立ちはだかった。言葉が通じるなら説得できるかも、なんて考えたのだ。

「お、なんだ貴様ァ」
「暴れるのはやめてくれよ。オレら人間を殺したからって猫はどうにもならないぞ」
「そんなことはないんだっチューの!貴様らが悪の温床なんだっチューの!」
「え、えらく難しい言葉を使うんだな……でも、別に猫を特別扱いしてわけでは……」
「犬を鎖に繋ぐくせになぜ猫を繋いでおかない?貴様らは猫を擁護しているんだっチューの!」
「お、おう……」

これは想像以上に知能が高そうだ。とはいえ、口論で負けたとあっては立つ瀬がない。オレはどうしようかな、と困って頭をかいた。できれば平和的におさめたいんだけど……。

「確かにお前らの言う通りかもしれない。でもだからってお前らがこんな風に暴れたら、余計に人間はネズミを悪い奴だと思って猫ばっか可愛がるぞ」
「じゃあどうすればいいんだっチューの!」
「とりあえず暴れずにこの主張をしていけよ、おまえら賢いんだしできるだろ!ゆるキャラ的な何かを目指せ!」
「ゆ、ゆるキャラ……」

ネズミたちはお互いの顔を見合わせ、何やらひそひそと思案し始めたようだった。
よかった。根は案外いい奴らなのかもしれない。

「あの、よかったらオレもPR活動とか協力するし……」

ホッとして、オレはさらに提案を持ち掛けた。が、突然後ろにぐいと引っ張られる感覚に、そこで言葉は途切れる。

「なっ……!?」

何が起こったんだ?気がつけばオレの身体は軽く浮いて飛ばされていて、理解が出来ずに目を見開く。

そして目の前には、いつぞやのデジャヴかと思える巨大なビルが降って来て、ネズミたちを押しつぶしていたのだった。